新たな目標
*
スノウベルが俺に剣をくれた。
魔法の原理はよく分からないけれど、とにかくとても美しくて、割れないガラスの刃を持つ、鋭利な剣だった。
俺がどれほど嬉しかったかは、言うまでもないだろう。
その上彼女が、自分から初めて口づけをしてくれた。
あの柔らかな唇が額に触れた感触に、俺は心臓が震えるのを感じた。
抱きしめた彼女の、柔らかな温もり。
そう、俺は割と頑張っていた。
余裕じみた笑みを張り付けて、緊張を押し隠して、だいぶ頑張って彼女の背に腕を回していた。
そこへこの珍客である。
「先輩、もしかしてまだ昨日のこと根に持ってます?」
「もういいじゃん、邪魔しちゃったのは謝るって!」
せっかく珍しく、俺とスノウベルはいい雰囲気だったはずなのに。
こいつらのお陰で気分は台無し。
こうして俺とスノウベルのちょっぴり大人(?)な逃避行は、お子さま修学旅行へと変貌を遂げ、幕を閉じたのであった。完。
「でもわたしは楽しいわ。二人がいてくれて。最初はちょっと、驚いたけどね」
柔らかな日差しの中、スノウベルが微笑む。
「それに二人だって、逃げて来たのでしょ。味方は多い方がいいわ」
そう言う彼女の瞳は、ひたすら澄んでいた。
いや、俺だって本当は分かっている。
本当はこんな浮ついた気分でいてはいけないのだ。
彼女は魔女だとばれて、俺は彼女を庇うことで、国を敵に回した。
敵は未だに俺達を探し回っているだろう。
でも、時折追手に追われ、血を見ながら戦っている俺達だからこそ。
たまにはちょっとした触れあいをしても、許されてはもらえないだろうか。
いいや、そんなのは詭弁だ。
俺達はこんなことをしていないで、やるべきことをしなくちゃならない。
俺はアルフレッドを見捨てた。
そしてリナリアも、彼の所から逃げて来たのだという。
今頃あの可哀想な王様は、血眼になって俺達を探しているかもしれない。
きっと原因があるはずなのだ。
彼がこうなってしまった原因が。
前王を殺した犯人を見つけなくては。
アルフレッドを正気に戻すため。そしてスノウベルの名誉のためにも。
「カインってば、さっきから一人で百面相してる」
「考え事してるんだよ。俺なりにな」
「スノウベルのこと? それとも……その、アルフレッドのこと?」
「全部だよ、全部。――俺はやっぱり、協会が裏で何かしら動いているんじゃないかと思うんだ」
「――聖ドルムト協会のことですよね。仰る通りです」
マルセルがちらりとこちらを見上げる。俺はこの生意気で賢い後輩を見下ろした。
「僕、以前から陛下の身の回りを少し調べて回ってたんです。……前に先輩達の試合に割って入ってしまったでしょ。あの件は申し訳ないと思っていますが――あの時も、怪しい影を追っていたんです」
俺はちょっぴり首を傾げた。このいけすかない少年が、結局誰の味方か分かりかねたのだ。
「お前は結局、何者なんだ?」
「僕はもともと、田舎の魔法使い見習いでした。でも師匠の補佐をしたかったし、学園で勉強もしたかったから、王都に行ったんです。師匠は王都で働く魔法使いですが――彼に遭った時、陛下の周りの影を探る役目を仰せつかったんです」
「それが今ではこのザマか。国王に反逆する立場になったと」
「はい」
マルセルは、どこか食えない表情で告げた。少し申し訳なさそうだが、その瞳に後悔はなかった。
「だってあの新王はリナリアを傷つけようとしましたから。僕にも限度ってものがあります」
「マルセル………!」
わっとリナリアが場違いな声をあげる。
「ありがとう。わたしをそんな大切に思っていてくれたなんて」
そのまま彼女はマルセルを抱きしめようとしたが、マルセルはひょいとそれをかわした。
「勘違いしないで。友達を傷つけられたら、誰だって怒るでしょ」
「友達……友達……。うん、いいの! わたしは赤の他人から、マルセルの友達に昇格したんだ!」
健気すぎて呆れる。というか少しかわいそうになってきたが、それにしてもうるさい。こいつは少し静かにできないのか。
「離れてよリナリア。邪魔」
「相変わらず冷たい。わたし達友達じゃないの!」
ああめんどうくせえ。ちらりと視界の端を見ると、スノウベルが非常に羨ましそうな顔で二人を見ている。俺はなんとも言えない気持ちになった。
「――とにかく、ええと、とりあえず協会へ潜ってみないか。このまま逃げ続けるより、手掛かりを見つける方がいい」
「そうですね」
ふといつもの冷静さを取り戻し、マルセルが口を開く。
隣でうるさくしているリナリアは無視だ。スノウベルがやっとおちついたような様子で、こちらの輪に入ってくる。
「敵の懐に入り込むようなものだわ。うまく行くかしら」
「その件ですが――メイアス先輩には別の場所の探索をお願いしたいんです」
「別の場所?」
俺が片眉を上げると、マルセルは真面目な顔でこちらを見上げた。
「最近、魔灯について、何か聞いていませんか」
「魔灯……。――!」
俺は唐突に思い出す。真っ黒いさんが言っていたはずだ。
「国にとって危険だから、どこかへ移して破壊するって……。もう移動させたみたいだったけど――その場所を、真っ黒いさん……ロディオに聞かれたんだ」
「なぜ彼はそれを知りたがったんでしょう」
マルセルは至って真剣な目をしている。きっとこれは謎の核心に近いことなのだろうけど、俺にはさっぱりだった。
「分からない。そもそも、あいつはアルフレッドの一番の側近と言っても良かったんだ」
本当は俺が一番であったら良かった。今はもう、そんなことを口に出す資格もないけれど。
「ロディオは場所を知っていておかしくない。でも教えられていない。――なぜアルフレッドは教えなかった……?」
「考えても答えは出ないわ」
すっと歩み寄り、口を開いたのはスノウベルだ。
「わたしはその魔灯を探しに行けばいいのね。――それについては、少し目星がついてるわ」




