スノウベルの覚悟
彼はアルフレッドに仕えていたけれど、学園を抜けた後、王立騎士団をやめたのだ。
その上、こんな誓いを立てるつもりなのか。
それではまるで、死ぬまでわたしについてくると言っているようなものだ。
彼のやさしさは知っているけれど、最後まで巻き込むつもりなんてない。
いつか彼は、わたしを諦めて国に戻らなければならない。
だって国が名指ししているのはわたしだけだ。
悪役として舞台に立たなければならないなら、それはわたしだけでいいはずだ。
「や、やめてカイン」
そう告げる声は、かすかに震えていた。
「わたしは、――わたしは魔女なのよ」
「それでは俺は、魔女の騎士となりましょう」
彼はにこっと、あの大好きな微笑みを浮かべた。
「……ねえスノウベル。世界が君を魔女だと言うなら、俺は魔女の騎士になる。それで、一緒に世界と戦うんだ」
「馬鹿じゃないの?」
もうなりふり構ってられないわたしは、そんな酷いことを言ってしまう。
「あなた、国王陛下と友達でしょう。――わたしはそんなこと、」
「君が望まなくても、俺が一緒にいたいんだ」
彼は、やさしい瞳で告げた。
「君が悪役になるなら、俺も一緒だよ」
ああ、カイン。
やさしいカイン。
あなたはどこまで、馬鹿なのだろう。
そんな馬鹿なあなたが、わたしは愛おしくてたまらないのだ。
「いいわ」
震える声を一転させ、わたしは彼を見下ろした。
彼が本気なら、わたしもそれに応えなくては失礼だ。
だからわたしは、主人となって、彼に命じるのだ。
「カイン・エーベルト、ただ一人の騎士として、わたしの剣になりなさい」
「ご随意に」
にっこりとカインは笑う。
胸の奥に、訳の分からない感情が溢れてくる。
温かくて、それでいて、叫び出したいようなものだ。
これはきっと、歓びというものだろう。
どうやったらこの気持ちを、彼に伝えられるだろうか。
とても今のわたしじゃ、うまく言葉にできるとは思えない。
だからただ、感謝の印にと、そっと背をかがめた。
カインが目を見開く。
食い入るような視線にどきりとするけれど、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。
できる、できるわ。勇気を出して。頑張るのよスノウベル。
ちゅ、と彼の額にやさしい口づけを落とした。
ただそれだけだ。
それだけだけれど、わたしにしては、とても勇気のある行動だった。
そもそもいつも触れるのは彼からの方で、わたしから手を伸ばすことすら、ほとんどないのだ。
カインはそっと、額に手を当てた。
「…………」
その目がじっと、こちらを見上げている。
ゆらゆらと、藍色の瞳が揺らいでいる。
その目をやめてちょうだい。わたしだって十分恥ずかしいのよ。
「……どうしよう」
彼はわななく唇で言った。
「……どうしよう。めちゃくちゃ嬉しい」
彼の頬に赤みが差す。どうも笑みが抑えきれないらしく、震える唇が弧を描いている。
かと思うと、彼はぱっと、突然顔を上げた。
「あ、あのさスノウベル」
その勢いに、わたしは思わず後ずさる。
「なに」
「抱きしめていい?」
直球すぎる。どうして彼はいつもこうなのだろう。
突然こんな風になるから、わたしはうまく返すことができないのだ。
「ねえスノウベル、抱きしめたい」
「お断りします」
「なんで?」
物言いたげな瞳が突き刺さる。わたしは思わず目を逸らした。
「駄目なものは駄目」
「頼むよ、少しだけ」
ねえスノウベル。どこか甘さの載った声に、わたしの頬はかぁっと熱を持つ。
「も、もうおしまい。十分でしょ」
「君が先にしてきたんだぞ。額にキ――」
「そういうことは言わなくていいのっ」
「だけど君、」
「ほら寝るわよ。いい加減に、」
ぎゅ、と抱きしめられる。
ぁ、と喉から声にならない声が漏れた。
「ねえスノウベル」
彼の声は甘さを載せているのに、それでいてやさしかった。
「俺、どこまでもついていくよ」
わたしの喉から声は出ない。
ただいつもみたいに、意地っ張りな悪態だけが湧き起こる。
馬鹿ね。馬鹿、馬鹿な人。
「俺は君の味方だ。大丈夫だよ。怖がらないで」
あんまりやさしい声で言うものだから、視界がちょっと滲んでしまう。
ああ、彼に絆されたわたしも、大概だわ。
「大丈夫。大丈夫。――――怖がらないで、泣き虫の魔女様」
カイン、カイン。やさしいカイン。
ごめんなさい。わたしは本当は、とても弱虫だから。
あなたを巻き込んでしまうわ。ごめんなさい。
そのやさしさを突き放せないわたしを、どうか許さないで。
唐突に、脈絡もなく、部屋の扉が開かれた。
はっと、二人で振り返れば、そこにいた二人も驚愕に目を見開く。
「おっと――――お邪魔しちゃったみたいだね」
「うわぁ、どどうしよう、ねえどうしようマルセル、これって」
「うるさいよリナリア」
温かかった気持ちが、すうと冷めていく。というより、見られたという羞恥に、全身から熱が這い上がる。
「あー真っ赤になっちゃった! 邪魔してごめんね、いいところだったのに!」
「リナリア、静かにして。他のお客さんが起きる。僕ら、無理を通してここに入れてもらってるんだから」
「そうでした」
カインがそっと抱きしめていたわたしを離す。
彼はなんだかすごく微妙な顔をしていた。なんとも言えない表情だ。
わたしは熱を持った顔のまま俯いて、静かに彼から離れた。
何も言えなくなってしまったわたしの代わりに、カインが扉の方を向き、口を開く。
「何しに来たんだ二人とも。せっかくいい雰囲気だったのに」
ふてくされたように言うカインは、もう何も隠す気はないらしい。
それってちょっと、どうかと思うわ。




