スノウベルの贈り物
*
「はぁ? 一室しか空いてない?」
間抜けな声を出したカインに、店主が面倒そうな目を向けている。
「こんな夜遅くに来られたんですから、そう文句を言わないで下さい」
「冗談じゃない、別の宿へ行こう」
「一つ助言しておくと、この村には、ここ以外宿はありませんよ」
カウンター越しに言い合うカインと店主を、わたしはじっと見つめていた。
カインはああ見えて紳士だ。たまに猛禽類みたいな目をすることもあるけど――まあ基本的には紳士的だ。
わたし達は今まで、一週間ほど旅を続けてきたけれど、それは割と計画的なものだった。
あらかじめ宿につくよう、一日に移動する距離を決めてから動くのだ。
だからいつも宿で寝泊まりしていたし、彼はこちらを気遣って、いつも二部屋とってくれた。
金銭面を考えて、わたし達は一番貧相な部屋を選んでいたけれど、ただ寝るだけだから問題はなかった。
なのにこの宿屋は、残りが一室しかないのだという。
「ベッドはちゃんと二つあります。問題ないでしょう」
「問題ありありですよ」
カインはそう返して、頭を抱えている。
まあ確かに、紳士と淑女が同じ部屋に寝泊まりするのはまずいのだろう。
そう思っていると、彼が不意に「あ、」と呟いて、顔を上げた。
「分かった。俺が外で雑魚寝すればいいんだ。それか酒場で一晩過ごす」
「……カイン」
「この村にだって一つぐらい、夜もやってる酒場があるだろ」
「カイン」
「まあ少しぐらい騒ぐのも悪くないさ。ちょっと剣が鈍るかもだけど」
「ねえカイン」
まるで遮るようにつらつら言う彼に、わたしは意を決して言った。
「わたし、同じ部屋でも構わないわ」
え、と彼が呟いた。
その目は穴があく程こちらを見つめている。
「正気か?」彼の目が無言でそう言っている。
わたしは頷いてみせた。しかし、どうにも目を合わせられない。
こっちだってそれなりに妥協して言ってるのだ。
「べ、別にあなた、わたしに何かするつもりはないでしょ?」
「す、するってなにを」
わざわざそんなことを女の子に答えさせるなんて。紳士失格じゃないかしら。
「……そんなの、聞かなくてもわかるでしょ」
「…………」
「ちょっと、聞いてるの」
「すすすする訳ないだろ、そんなこと」
一拍遅れて彼が答えた。けれどその目は思いっきり泳いでいる。
わたしはじっとり目を細めた。どの女の子にもこんな風なのかしら。冗談じゃないわと、そう思った。
「……カイン」
「しません。しないよ。するわけないだろ」
今度こそどうにか真面目に頷いた彼に、わたしはほっと息を吐く。
「ご主人、部屋の鍵をもらっても?」
わたしが金銭の入った袋を取り出せば、宿の主人はなんとも微妙な顔で頷いた。
*
「君のベッドはこっち。俺のはこっちな」
部屋に入るなり、カインはさっさとベッドの位置を決めてしまった。
幸いなことに、それぞれ反対の壁際にくっついている。
カインはさっさと荷物を置くと、上着を脱いで、そのままベッドに入った。
「おやすみ」
こちらに背を向けて、それっきり口を開かなくなってしまう。
ぱちくりと、わたしは目を瞬かせた。
彼、いつもこんなすぐにベッドに入るのかしら。
思わず彼を見つめ、そのまま視線を降ろせば、不意に彼の置いた荷物が目に入った。
唐突に、わたしは思い出した。
どうしても、やりたいことがあったのだ。
そして今は、それをするのにぴったりのタイミングだと思った。
彼が眠たいのならば、渡すのは明日でもいい。
とりあえず同じ部屋にいる間に、済ませてしまいたい。
わたしは両手を前に出した。
目を閉じ、想像する。
ノートに細かく描いた文様。魔法の術式。
何度も考えて、何度も書き直したものだ。
リナリアはあのノートを見て、笑って頷いてくれた。
マルセルはこの魔法を完成させるため、細かい術式を指導してくれた。
今のわたしならできるはずだ。
これを、創れるはずだ。
ぱきり、と音がする。
床ではなく空中に、小さなガラスの結晶が現れた。
それは少しずつ、細長く形を成していく。
ぱき、ぱき、――ぱきり。
「……スノウベル!?」
その声に顔を上げれば、カインがベッドに座り直して、驚いたようにこちらを見ていた。
「何してるんだ?」
彼の心底驚いた顔に、してやったりとわたしは笑って見せる。
「カイン、驚かないで」
大丈夫、大丈夫。きっとできるわ。
だってこの魔法を使うために、隠れて練習していたんだもの。
銀の光が輝き始め、わたしの目の前で結晶はどんどん形作られていく。
カインの藍色の瞳が驚愕に見開かれる。
ぱきぱきぱきぱき。
結晶は伸びていく。
現れた長く鋭い切っ先。
美しい文様の柄。
そうしてそこに、ガラスで出来た、透明な剣が現れた。
「――――こ、れは?」
すう、と光が消える。
その瞬間、重力に従って落ちていく剣を、わたしはきちんと受け止める。
「わたしの結晶で作ったの。割れないガラスで出来た剣よ。見た目は繊細に見えるかもしれないけど、硬度は保証するわ。何を切っても刃こぼれしない、折れることもない」
にっこりと微笑んでわたしは言った。
「あなたにあげるわ、カイン。特別製よ」
カインは言葉を失っているようだった。
いいわね、その顔。想像以上に驚いてくれたみたいだわ。
「え、えーと、これもらっていいの?」
「そう言ったでしょ」
わたしが差し出した剣を、彼は丁寧に受けとる。
その瞳が、きらきらと子どものように輝いた。
「……わあ、」
藍色の瞳が、滑るように剣の柄を、その透明な刃を眺めている。
「すごい、すごいよスノウベル」
本当に嬉しそうに、彼は微笑んだ。
素直な言葉や態度に、わたしはちょっとくすぐったくなってしまう。
でもここで強がってしまうと台無しだから、わたしも頑張って素直になることにした。
「あなたの剣、刃こぼれしてたでしょ。それも新しくしても、すぐ同じになっちゃう。だからもっと使いやすい剣をあげたいなって思って」
「……君、よく見てるんだな。これ、持ち心地もぴったりだ」
それはもちろん、あなたの手の大きさに合わせたから。恥ずかしいから教えてあげないけど。
彼は立ちあがって、部屋のすみで剣を少し振っていたが、やがてこちらへと戻ってきた。
「……ありがとう」
噛み締めるように、その言葉は放たれる。
「ありがとうスノウベル。俺、決めたよ」
「え?」
とん、と強く床に剣が突き立てられる。
まるでその硬度を、心から信頼しているように。
彼は素早くわたしの前にひざまずき、まっすぐな瞳でこちらを見上げた。
「俺、カイン・エーベルトは、ここに誓います。あなたの剣となり、あなたのためにこの腕をふるいましょう」
わたしは目を見開いた。
それは紛れもなく、正式な騎士の誓いだった。




