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スノウベルの贈り物




「はぁ? 一室しか空いてない?」

間抜けな声を出したカインに、店主が面倒そうな目を向けている。

「こんな夜遅くに来られたんですから、そう文句を言わないで下さい」

「冗談じゃない、別の宿へ行こう」

「一つ助言しておくと、この村には、ここ以外宿はありませんよ」


カウンター越しに言い合うカインと店主を、わたしはじっと見つめていた。

カインはああ見えて紳士だ。たまに猛禽類みたいな目をすることもあるけど――まあ基本的には紳士的だ。

わたし達は今まで、一週間ほど旅を続けてきたけれど、それは割と計画的なものだった。

あらかじめ宿につくよう、一日に移動する距離を決めてから動くのだ。

だからいつも宿で寝泊まりしていたし、彼はこちらを気遣って、いつも二部屋とってくれた。

金銭面を考えて、わたし達は一番貧相な部屋を選んでいたけれど、ただ寝るだけだから問題はなかった。

なのにこの宿屋は、残りが一室しかないのだという。


「ベッドはちゃんと二つあります。問題ないでしょう」

「問題ありありですよ」

カインはそう返して、頭を抱えている。

まあ確かに、紳士と淑女が同じ部屋に寝泊まりするのはまずいのだろう。

そう思っていると、彼が不意に「あ、」と呟いて、顔を上げた。

「分かった。俺が外で雑魚寝すればいいんだ。それか酒場で一晩過ごす」

「……カイン」

「この村にだって一つぐらい、夜もやってる酒場があるだろ」

「カイン」

「まあ少しぐらい騒ぐのも悪くないさ。ちょっと剣が鈍るかもだけど」

「ねえカイン」

まるで遮るようにつらつら言う彼に、わたしは意を決して言った。

「わたし、同じ部屋でも構わないわ」

え、と彼が呟いた。

その目は穴があく程こちらを見つめている。

「正気か?」彼の目が無言でそう言っている。

わたしは頷いてみせた。しかし、どうにも目を合わせられない。

こっちだってそれなりに妥協して言ってるのだ。

「べ、別にあなた、わたしに何かするつもりはないでしょ?」

「す、するってなにを」

わざわざそんなことを女の子に答えさせるなんて。紳士失格じゃないかしら。

「……そんなの、聞かなくてもわかるでしょ」

「…………」

「ちょっと、聞いてるの」

「すすすする訳ないだろ、そんなこと」

一拍遅れて彼が答えた。けれどその目は思いっきり泳いでいる。

わたしはじっとり目を細めた。どの女の子にもこんな風なのかしら。冗談じゃないわと、そう思った。

「……カイン」

「しません。しないよ。するわけないだろ」

今度こそどうにか真面目に頷いた彼に、わたしはほっと息を吐く。

「ご主人、部屋の鍵をもらっても?」

わたしが金銭の入った袋を取り出せば、宿の主人はなんとも微妙な顔で頷いた。



「君のベッドはこっち。俺のはこっちな」

部屋に入るなり、カインはさっさとベッドの位置を決めてしまった。

幸いなことに、それぞれ反対の壁際にくっついている。

カインはさっさと荷物を置くと、上着を脱いで、そのままベッドに入った。

「おやすみ」

こちらに背を向けて、それっきり口を開かなくなってしまう。


ぱちくりと、わたしは目を瞬かせた。

彼、いつもこんなすぐにベッドに入るのかしら。

思わず彼を見つめ、そのまま視線を降ろせば、不意に彼の置いた荷物が目に入った。


唐突に、わたしは思い出した。

どうしても、やりたいことがあったのだ。

そして今は、それをするのにぴったりのタイミングだと思った。


彼が眠たいのならば、渡すのは明日でもいい。

とりあえず同じ部屋にいる間に、済ませてしまいたい。


わたしは両手を前に出した。

目を閉じ、想像する。


ノートに細かく描いた文様。魔法の術式。

何度も考えて、何度も書き直したものだ。


リナリアはあのノートを見て、笑って頷いてくれた。

マルセルはこの魔法を完成させるため、細かい術式を指導してくれた。


今のわたしならできるはずだ。

これを、創れるはずだ。


ぱきり、と音がする。

床ではなく空中に、小さなガラスの結晶が現れた。

それは少しずつ、細長く形を成していく。

ぱき、ぱき、――ぱきり。


「……スノウベル!?」

その声に顔を上げれば、カインがベッドに座り直して、驚いたようにこちらを見ていた。

「何してるんだ?」

彼の心底驚いた顔に、してやったりとわたしは笑って見せる。

「カイン、驚かないで」


大丈夫、大丈夫。きっとできるわ。

だってこの魔法を使うために、隠れて練習していたんだもの。


銀の光が輝き始め、わたしの目の前で結晶はどんどん形作られていく。

カインの藍色の瞳が驚愕に見開かれる。


ぱきぱきぱきぱき。

結晶は伸びていく。

現れた長く鋭い切っ先。

美しい文様の柄。


そうしてそこに、ガラスで出来た、透明な(つるぎ)が現れた。


「――――こ、れは?」


すう、と光が消える。

その瞬間、重力に従って落ちていく剣を、わたしはきちんと受け止める。


「わたしの結晶で作ったの。割れないガラスで出来た剣よ。見た目は繊細に見えるかもしれないけど、硬度は保証するわ。何を切っても刃こぼれしない、折れることもない」

にっこりと微笑んでわたしは言った。

「あなたにあげるわ、カイン。特別製よ」


カインは言葉を失っているようだった。

いいわね、その顔。想像以上に驚いてくれたみたいだわ。


「え、えーと、これもらっていいの?」

「そう言ったでしょ」

わたしが差し出した剣を、彼は丁寧に受けとる。

その瞳が、きらきらと子どものように輝いた。

「……わあ、」

藍色の瞳が、滑るように剣の柄を、その透明な刃を眺めている。

「すごい、すごいよスノウベル」

本当に嬉しそうに、彼は微笑んだ。

素直な言葉や態度に、わたしはちょっとくすぐったくなってしまう。

でもここで強がってしまうと台無しだから、わたしも頑張って素直になることにした。

「あなたの剣、刃こぼれしてたでしょ。それも新しくしても、すぐ同じになっちゃう。だからもっと使いやすい剣をあげたいなって思って」

「……君、よく見てるんだな。これ、持ち心地もぴったりだ」

それはもちろん、あなたの手の大きさに合わせたから。恥ずかしいから教えてあげないけど。


彼は立ちあがって、部屋のすみで剣を少し振っていたが、やがてこちらへと戻ってきた。

「……ありがとう」

噛み締めるように、その言葉は放たれる。

「ありがとうスノウベル。俺、決めたよ」

「え?」


とん、と強く床に剣が突き立てられる。

まるでその硬度を、心から信頼しているように。

彼は素早くわたしの前にひざまずき、まっすぐな瞳でこちらを見上げた。


「俺、カイン・エーベルトは、ここに誓います。あなたの剣となり、あなたのためにこの腕をふるいましょう」

わたしは目を見開いた。

それは紛れもなく、正式な騎士の誓いだった。



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