表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/63

アルフレッドの憂鬱



リナリアが逃げた。

いつもやさしい目の彼女が、俺に笑いかけてくれた彼女が。

まるで怖がるように、肩を震わせて。少年の手を取って、――逃げた。



窓の外から、風が吹き込んでいる。

そこには白いカーテンが大きく揺れ、闇夜の空が覗いている。


カインはあそこから出て行った。

あいつは俺の友達だったはずだ。

あの男の口から、あんな言葉を聞く日が来るなんて。


違う――違う、こんなのは逆恨みだ。

落ち着け、落ち着かないと。おかしいのはあいつでもリナリアでもない。

俺だ。

確かに俺はおかしくなってしまったらしい。

いつからだ。あの日から?

いいや、元からじゃないか? 気づかないふりをしていたけれど、本当はどこかで分かっていたはずだ。俺はいつかこうなるはずだと。ただそれに知らぬふりをして、沸き上がるものを押し隠して、ついに引き金を引かれたことにすら、気づけなかったのだ。



俺はいつだって孤独で、人の温もりに飢えていた。

信用できない周りの奴らが嫌いで、誰にも心を開かないよう気をつけていた。

俺はこの国を担う人間で、父の血を継ぐものだ。

父上はいい王だった。あの人は俺との間に、国王と王子としての関係を築いた。

彼との間柄はそれ以上でもそれ以下でもなく、親子の戯れだとか、そんなものはなかった。

それでも俺は十分だった。あの人を国王として、我が父として尊敬していたから。


それがどうだ。

あの日、父は唐突に殺された。

入っては駄目だと、幾人もの部下に止められた。けれど俺はあの日、見ずにはいられなかったのだ。


目に入ったのは、白いベッドに絵の具みたいに広がった鮮血。

胸を貫かれ、血を流した父。

気が遠くなって――これが現実だと分かるような分からないような、なにか得体の知れない気分になって。

真っ青になったであろう俺に、あの日部屋で待っていたリナリアは言ったのだ。


――――あなたはきっと、立派な王になれるはずです。


もしかしたら出まかせだったのかもしれない。

やさしい彼女は、他の言葉なんて言う事ができなくて、俺の一番欲しいものを渡すしかできなかったのだ。

でも俺は、例え嘘だったとしても、そのやさしさが嬉しかった。


あの子が欲しい。彼女が欲しい。

捕まえてこの手に閉じ込めておけば、きっと欲しい言葉をくれるだろう。

どんなに怯えた目をしても、唇を震わせていようとも。

あの子はきっと、口を閉ざしはしないだろう。


「……陛下」


こつりこつりと、足音が近づいて来る。

はいつくばるように座り込んでいた俺は、どうにか顔をあげて振り返る。

背後には、俺の旧友だったロディオが立っている。その表情からは、何を考えているのか読み取れない。


「どうか気を落とされないで下さい。あの女は、あなたが気に掛けるような相手ではありません。しがない庶民の出です」

「黙れロディオ。お前でもあの娘を愚弄することは許さない」

「これは失礼を。ただ僕は、あなたに」

「なんだと言うんだ」

「目的を見誤ってはならないと、ただそう申し上げたいのです」

彼は緑の目を細めて俺を見下ろした。


この男は、いつからか変わってしまった。

ロディオはカインと同じ、俺の部下であり友人だったはずだ。

気弱でやさしい青年は、いつの頃からか、感情を表に出さない人間になってしまった。同じ静けさを持ちながら、その表情は以前とどこか違う。どう違うのかと言われても説明できないのだが、それでも違う。

彼はもう、俺と共にワインを飲んでくれなくなった。


俺は、こいつに何かしてしまったのだろうか。

彼は俺のくだらないおふざけに愛想をつかして、こんな冷たい男になってしまったのだろうか。

だとしたら、俺はどうすればいいのだろう。訳も分からず謝ったところで、こいつが俺を許すはずもない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ