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リナリアの困惑


王様の目が見開かれた。

「……馬鹿な、何を言って、」

「軽率に入団したことは謝ります。まああれはほとんど無理矢理でしたけど、俺だって断れたはずですしね」

「カインっ!」

「陛下、何が正しいのかよく考えて下さい。あなたが目を覚ましたら、俺はもう一度あなたの傍につくでしょう。でも今のあなたは、俺の知ってる陛下じゃない」


言いながら窓の方へ歩いて行く。

「待ってくれ……カイン……!!」

アルフレッドがかつて、俺をこんな悲痛な声で呼んだことがあっただろうか。

俺は苦しくなったが、ここに残ることはできないと思った。


彼の腹黒な側近が、俺に声を掛けてくる。

「カイン、選択を間違えるな。君はこちら側につくべきだ。陛下を憐れだとは思わないのか」

「それじゃあ聞くけど、スノウベルはどうなんだ」

俺はどうにか振り向いた。

冷静なふりをしていたが、どうにもこうにもやりきれない気分だった。

「陛下の敵が彼女なら、スノウベルの敵はこの世界だ。――あの子は今もひとりぼっちだ。俺はあの子のところへ行く」

「カイン……!」


最後に聞いたのが、どちらの声かも分からない。

だがもう、どうでも良いことだった。

俺は窓から出ると、さっさとその場を後にした。

背後から、ロディオが追跡の指示を促す声と、アルフレッドが止める声が聞こえてくる。

あいつの好きにさせてやれと、そんな言葉が耳に届いた。

王様の中に、かつての彼らしさが少し残っていることに、俺は密かにほっとした。






「リナリア、よく来てくれた」

城の広い私室の中、現王アルフレッドは静かな目をしていた。

あの事件から五日が経ち、わたしは彼の部屋に招かれたのだ。

本当は断りたかったけれど、父親を亡くしたばかりのこの人に、冷たくするわけにもいかなかった。



部屋は広いけれど、きちんと整理されている。

良く言えば綺麗だけれど、悪く言えば人間味がないようにも思えた。

テーブルに備え付けられた椅子は三つ。

国王とカインと、あと一つは誰のものだろう。

ロディオのものだろうか。


「なあ、ワインを飲まないか」

疲れた顔になんとか笑みを湛えた王様が、そう尋ねてくる。

「ワイン?」

わたしが片眉を上げると、彼はことんとグラスを机に置いた。

「ただのクランベリージュースさ。俺もカインも、そう呼んでる。ロディオはもう、俺の宴会には参加してくれないがな。――甘くて飲みやすいぞ。一杯どうだ?」

「結構です」

わたしは冷ややかに答える。


正直、この王様が怖かった。

彼は以前から、何を考えているのか分からないところがある。


わたしがこの人と話すようになったのは、共同試験の一カ月前だ。

同じ科では組めないと言われ、マルセルに振られたわたしは、中庭で落ち込んでいた。

そこにこの人が声を掛けて来たのだ。


わたしは王立学園に入った時から、出来るだけ彼との接触を避けて来た。

理由は単純、恐ろしかったからだ。

わたしを脅かす存在は二つ。スノウベルとアルフレッド。

スノウベルは原作と少し違ったけれど、アルフレッドはどうやらほとんど原作のままのようだった。

アルフレッドは一見、有能で素晴らしい王子に思えるけれど、ヤンデレの素質を持っている。そして今、彼は国王になってしまった。

国王が死ぬなんて展開、原作にはなかった。これからは何が起こるか分からない。



わたしは怖かった。

共同試験で組もうと言われた時から、密かにこの人を恐れていた。

あの時、きっぱりと断れば良かったのだ。

でも底の見えない瞳で見据えられ、うまく言い逃れすることも、その方法も思いつくこともできなかった。

彼の有無を言わせぬ空気は、ただならぬものがある。

まあすべては、わたしの弱さが招いた結果だけれど。


彼はあれから、共同試験に向けて、一緒に訓練しようと言って来た。

しつこくはなく、でも少なくない頻度で。それはそれは絶妙なタイミングだった。

わたしが言い逃れできないよう、うまいこと声を掛けてくるのだ。


彼は妙に親しげだったが、決してわたしの嫌がることはしなかった。

馴れ馴れしく触ることもしなかったし、紳士的な態度を崩さなかった。

その王子スマイルが消えたのが、あの事件の日だ。



偶然か必然か、国王の殺害とスノウベルが起こした騒ぎが同じ日に起こった。

あの時のことはよく覚えている。


彼とわたしはあの日、一緒に魔鳥(ニーゲル)を追いかけていた。

手分けして探し、ようやく一羽見つけたところに、ロディオが駆け込んできたのだ。

「国王陛下が亡くなられました!」

その無情な一言で、その場の空気は一変した。



それからはあっという間だった。

他の教授たちや生徒たちがやって来て、騒ぎは大きくなった。

さらにロディオは、わたし達を中庭へ案内したのだ。



中庭を見たわたし達は、言葉を失った。


張り巡らされた結晶は、日の光に当たっておぞましく光っていた。

それはまるで、底のみえない海原のようだった。

翼を広げ、黒い眼を見開いて閉じ込められた、一羽の魔鳥(ニーゲル)


「僕は見ました」

ロディオが、神妙な面持ちで口を開いた。

「スノウベルは魔女です」


アルフレッドが、唇を震わせた。

「……カインがいない……」

いつにない瞳で、ロディオに掴みかかる。

「カインはどこへ行った!? スノウベルは!? なぜあいつらを止めなかった!!」


いつもと違う剣幕に、わたしは恐怖を覚えた。

カインはきっと、スノウベルを連れて逃げたのだ。

それは正しい判断だ。だってスノウベルは、このままだと殺されてしまうから。


でもわたしの周りには、親しい人がいなくなってしまった。

マルセルに会いたい。大好きな彼はどこへ行ったのだろう。


まもなく試験は中止になり、再開未定となった。

ロディオに促されるまま、アルフレッドは城に向かうことになった。

その時の彼は怒りと悲しみに満ちた、なんとも言えない表情で振り向き、わたしを見つめたのだ。


「リナリア、頼む。一緒に来てくれないか……」

彼は崩れ落ちそうな何かを、必死に堪えているようだった。

この人が壊れてしまったら、わたしになんらかの刃を向けてくるのではないか。

そんな風にすら思えて怖かったけど、でも突き離すこともできなかった。

彼はまるで、迷子の子どもみたいだったから。


あの日もわたしは、彼の部屋で待たされたのだ。

アルフレッドは周囲が止めるのも気にせず、国王の遺体を見に行った。

そうしてわたしの待つ私室に戻って来た。


その時の彼の顔は、忘れもしない。

すべての表情が抜け落ち、真っ白だった。

このいつも自信に満ちているような人が、こんな顔をするのかと、ちょっとびっくりしたぐらいだ。





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