黒騎士の決断
「窓から入ったのかい、カイン。それ、不法侵入だよ」
彼は静かな笑みを湛えている。
俺は瞬時に理解した。
さっきアルフレッドも言っていたが、恐らくこいつが、魔女がどうとか吹き込んだのだ。
確かに最近は冷たかったけど――――でも、信じたくなんてなかった。
だって昔は、一緒に二百年もののワインを飲んだじゃないか。
あれは本当はでたらめで、ただのクランベリージュースだったけど。
銘柄と聞いて目を輝かせていたお前は、どこへ行ったんだ。
「カイン、そんな顔をしないでくれ。すべては王子……いや、陛下を守るためだよ」
そうして真っ黒いさんはにっこり笑った。
ああ本当にこいつは、腹の黒い人間だったのだ。
俺のつけたふざけたあだ名は、間違っちゃいなかった。
「お前か、彼に変な事を吹き込んだのは」
「おかしなことを言うんだな。僕は本当のことを言っただけだ。スノウベルは桁違いの魔力を持っている。だから前国王陛下の方針に反感を持ったんだ」
「勝手なことを言うな。第一、彼女が反感を持ったとしたって、なんのために魔灯を狙ったって言うんだ」
「王族の破滅さ」
「……なんだって?」
俺は片眉を上げた。
馬鹿馬鹿しすぎて聞いていられない。
俺はさっさとアルフレッドに歩み寄った。
「行きましょう陛下。こんな奴の言う事なんか聞かなくていい。なんだか分からないけど、あなたを騙そうとしてるんだ」
「騙す? 僕が?」
真っ黒いさんはすっとぼけている。この野郎。
俺は振り向いて、まっすぐに緑の瞳を見据えてやった。
「スノウベルがなんで王族を狙うんだ。馬鹿馬鹿しい」
「ああそうか。君は知らないのか」
ロディオは同情するような目をして言った。
「スノウベルの母親は、前王の部下に殺されているんだよ」
その言葉に、俺は目を見開いた。
「やっぱり知らなかったのか。でも仕方がないことだ。彼女は俗に言う悪い魔女だった。――でも君も分かっただろう、彼女の動機も、目的も」
べらべらと喋る彼に、俺は言葉を詰まらせる。
彼女はなぜ話してくれなかった。どうして俺は気づかなかった。
違う、彼女がそんなことをする訳はない。
その一方で、俺の脳裏を物語のシナリオがよぎる。
本来であれば、スノウベルは王子とリナリアの結婚に怒り、この国を滅ぼすことになる。
逆にこうは考えられないか。
あれほどの力を持つ彼女が、それまでなぜ母親の仇をとらなかったのか。
ひとえに王子を愛したから、国を傷つけなかったのではないか。
違う違う。スノウベルはやさしい子だ。そんな馬鹿げたことはしない。
ぐるぐる回る思考の中で、彼女の夜空みたいな瞳がよぎる。
あれはどこまでも澄んでいた。
そうだ、こんな男の言う言葉に、惑わされてはならない。
アルフレッドは父親を尊敬していた。それは俺もよく知っている。
幼い時から父親の力になりたいと、一生懸命執務を手伝っていた。
そんな大事な人を失い、崩れ落ちそうなところを、弱みに付け込まれたのだ。
彼には憎む相手が必要だったのかもしれない。
甘い言葉をささやいて、道を示してくれる人が欲しかったのかもしれない。
でも彼の信じたものは、真実とは違うものだ。
「……カイン」
かわいそうな王様は、俺をすがるように見つめた。
いつもの威厳に満ちた態度は、どこにもない。
「俺の力になってくれ。お前はスノウベルに騙されてるんだ」
「陛下」
俺は彼の前にひざまずいた。
「今日を限りに、王宮騎士団を辞めさせて頂きます」
こちらが更新分です。
昨日はエイプリルフールにお付き合い頂き、ありがとうございました。




