王子の変貌
三日前、彼女が事件を起こしたあの日。国王が亡くなった。
王の訃報はまたたく間に王都中に知れ渡った。
そろそろ国のはずれの農村地帯にも届いているはずだろう。
犯人は未だ見つかっていない。
しかしなぜか、魔女スノウベルの仕業だと噂されていた。
とんでもないことだ。
なぜ話がそうも飛躍したのか、俺には分からない。
多分、聖ドルムト協会の連中が絡んでいるのだと思う。
とにかく、スノウベルはあの日、学園で皆と試験を受けていた。そんなの誰の目にも明らかだし、こんな酷い噂、どうにかして根絶やしにしなければならない。
驚くべきことは、アルフレッドがそれを信じているらしいということだ。
俺は彼女の無実を証明するために、あの王子に会いに行かなければならない。
――――何があっても部屋から出るな。
――――ただし追手が来たら、俺のことは気にせず逃げろ。
それを強く言い聞かせて、ごねる彼女を部屋に押しこめると、俺は城へ向かった。
スノウベルは気が強いが、聡い子だ。
きっと俺の言った通り、部屋で大人しく待っていてくれるだろう。
*
見張りの目を潜り抜けるのは簡単だった。
なぜなら俺はこの城に仕えていて、見張りの交代の時間も、隙ができる瞬間も知っているからだ。
正面から入ったらまずいことぐらい、俺にも分かる。
俺はスノウベルと共に三日間行方をくらました。
言い換えれば、魔女をかばったのだ。
今の俺は、かなり危うい立場にいる。
俺はどうにか壁をよじ登ると、アルフレッドの私室の窓へと向かった。
城に通っていて良かったことは、こうした抜け穴じみた場所を、知っていることだ。
見張りにも見つかることなく、なんとか目的の窓に足を掛けることができた。
白いカーテンが大きく揺れている。
広い部屋の中央に、誰かがうずくまっている。
「――――王子?」
俺は窓枠に立ち、そっと中を見下ろした。
王子の青い瞳が、音もなくこちらを見上げる。
彼の目の下には、酷い隈ができていた。
「俺はもう王子じゃない」
アルフレッドは、どこか歪んだ顔で言った。
「国王になったんだ。これからは陛下と呼べ」
「……陛下」
彼はなんだか、いつもと雰囲気が違った。
父親を失くして、呆然自失と言った体だった。
「……カイン、スノウベルをかばっているだろう」
「……陛下。あの噂を信じているのですか。あなたらしくもない、」
「お前の魔女が、父上を殺した」
かすかに震える声で、アルフレッドは告げた。
――――今、魔女と言ったのか?
この王子――いや、王様は知っているはずだ。
俺がどれだけスノウベルを好きか、いやと言うほど聞かされてきたのだから。
なのになぜ、そんな酷いことを言うのだろう。
彼がそんなことを言うだなんて、そんな馬鹿げた噂に呑まれるなんて、信じられなかった。
「一体どうしたんですか。スノウベルがそんなことする訳、ないでしょう」
「とぼけるな。ロディオが言っていたんだ」
ロディオ? 真っ黒いさんが? どういうことだ?
混乱する俺の目の前で、王子は疲れた顔で言った。
「俺の父上は今までと政策の方針を変えた。魔法の規制をすると。その上魔灯を破壊すると決めたんだ。あれは大きな戦力になるが、それ以上に危険な代物だ。だから隠し場所を移して、来月にも自らの手で壊す予定だった」
「そんなこと……」
「スノウベルはそれが許せなかった。彼女は密かに魔灯を狙っていたんだ。でも急に破壊するなんて話が出たから……抗議のために学園であんな魔法を使った」
「それと国王とは、なんの関係が……」
「父上が亡くなったのは、あの日の朝だ」
王子はきっ、と顔を上げた。
その恐ろしい目に、俺は小さく息を呑む。
「あの日、俺は朝から学園に行っていたから知らなかった。あの日の父上は、起きてくるのが遅かったそうだ。父上は深酒をすると、次の日寝坊することがある。だから皆、いつもの事だと思っていたらしい。昼になって側近が起こしに行った。そうしたら父上は……胸にナイフを刺されて死んでいた」
アルフレッドの顔は、白くなって、唇はかすかにわなないている。
ああ、よほど恐ろしくて辛かったんだろう。
俺は友として慰めてやりたくなった。
心から傍にいてやりたいと思った。
でも今の彼は駄目だ。どこかおかしくなってしまっている。
青い瞳は、どこか据わっていた。
「スノウベルは午前も午後も、確かに試験を受けている。でも朝は? 朝はどこにいたんだ?」
そんなこと俺が知るもんか。
知ったところで、なんの意味もない。
だってスノウベルはやっていない。
鳥を殺しただけで涙を流すあの子が、お前の父親を殺せるはずないじゃないか。
「……王子、いや、陛下」
俺はわずかに彼に歩み寄った。
「目を覚まして下さい。スノウベルはそんな事をする子じゃない」
「目を覚ますのはお前の方だ」
低い声で、アルフレッドは言った。
「お前がスノウベルをに惚れていることは知っている。お前はあの魔女に騙されているんだ。いい加減目を覚まして、彼女をこちらへ引き渡せ」
彼の声はかすかに震えている。
そうしてそれは、俺も同じだ。
「……本気で、本気で言っているんですか?」
俺は穴が空くほど彼を眺めた。
「信じられない。……あなただけは……」
「信じられない? なぜ?」
不意に、別の声がした。
俺達が顔を上げれば、部屋の扉を開け、ロディオが立っていた。




