決意と決別
*
俺はすぐに行動に出た。
皆が回廊で騒いでいる間に、スノウベルを連れて、学園を抜け出したのだ。
魔法科の校舎はスノウベルの方が詳しい。
遠回りをしたり、普段は使われない古びた通路を使ったりして、生徒に見つからない道を選びながら、二人で走った。
どうにか外へ出て、裏門へ向かう途中、誰かが立って居るのに気づいた。
赤みがかった金髪で、すぐに誰だか理解する。
マルセルだった。
「先輩方、どこへ行くんですか」
少年は大きな目でこちらを見上げた。彼は黒々とした門に寄り掛かり、静かに佇んでいる。
「ちょ、ちょっとね。お忍びデートって奴さ」
俺が曖昧に茶化すと、鋭い視線が突き刺さった。
「あの中庭の騒ぎ、メイアス先輩がやったんですね」
俺が小さく息を呑むと、傍にいたスノウベルが前に進み出た。
「そうよ。……わざとじゃないわ。あなたも分かってるでしょ」
「――ここを抜け出してどこに行くって言うんです? このままここで、大人しく捕まった方が楽なのでは?」
「…………」
スノウベルが一瞬、迷いを見せる。
マルセルはたぶん、俺達のためを思って言っているのだ。
逃げる方が苦しいのではないかと。
王子はこちらの味方だから、大人しく残った方がいいのではないかと。
でも俺は知っている。
このまま物語が進めば、スノウベルは殺されてしまう。
十六歳で入学してきたリナリア。
スノウベルが学園で起こした事故。
この世界は、物語通りに進んでいる。
俺は前に進み出る。
「マルセル、見逃してくれ」
「…………」
「この世界はそんなに甘くない。俺はスノウベルと行くって決めたんだ」
スノウベルが瞳を揺らし、少年がわずかに俯いた。
「……どうぞ」
マルセルはそっと、裏門の前から動いた。
「好きにしてください」
彼は少しだけ、寂しそうな声で言った。
俺とスノウベルは彼に礼を言って、裏門に手を掛けた。
去り際、ふと思い出した俺は、振り向いて彼に言ってやった。
「そうだマルセル、リナリアに気をつけてやれよ」
ふと顔を上げたマルセルに、俺は言葉を重ねる。
「あいつだって、これからどうなるか分からないんだ。守ってやれるのは、お前ぐらいだろ」
ワインレッドの瞳がわずかに見開かれた気がしたが、俺は気にする余裕もなくて、スノウベルの手を引いたまま、どうにかその場を後にした。
*
俺達は学園から出た後、王都を抜けることにした。
スノウベルに男爵家に戻って取りに行きたい物はあるか尋ねたところ、ないと言われたのでほっとした。正直、あの屋敷に戻るのは危険だ。
スノウベルは屋敷の使用人たちを心配したが、彼らはスノウベルの正体を知らない。第一俺は、あの人たちがあんまり好きじゃない。
彼らは俺達が小さい頃、男爵の味方をして、スノウベルを適当に扱っていたからだ。
どちらにせよ、彼らは魔女に加担した加害者ではなく、無知な被害者側として判断されるだろう。問題はない。
一方で俺は少しの間だけ、自分の屋敷に寄ることにした。父親へ書いた手紙を残すためだ。
エーベルト侯爵家は、俺と父の二人暮らしだ。母は早いうちに亡くなっており、息子は俺一人だけ。
父は俺が小さい頃から、騎士になりたいという望みを認めてくれ、放任しつつも必要な時は助言をしてくれた。正直、いい父親を持ったと思う。
あの人なら、俺の決断を理解してくれるだろう。好きな子を守りたいという願いを、そのためにすべてを敵にまわすという覚悟を、分かってくれるはずだ。
例え一人息子だとしても、いや、一人息子だからだ。
けれどそんないい父親を、俺はこの屋敷に一人で残していくのだ。
我ながら、酷い親不孝だと思う。
だから手紙を残した。
内容は俺の決断を示すものだ。
細かいことは書けない。城へ伝わっては困るから。
でも俺は、内心で決めている。
このままではきっと終わらせない。
俺は絶対にここへ戻って来て、今まで育ててもらった恩を、きちんと返す。
スノウベルはそんな俺を見て、やっぱりあなただけは残った方がいいと説得しようとする。
そういうところが好きなのだと、俺は口にできない。
だからただこの子を守らなくちゃと思いながら、小さな手を握りしめるだけだ。
*
それから二日後のことだ。
俺はスノウベルと共に、王城から離れた小さな宿屋に潜んでいた。
残念ながら部屋は別だ。いや、当たり前だけれど。
この宿屋は貧相な建物で、他の家々に連なっていた。
しばらくは見つかる心配はないだろう。
俺はそこで、王城へ忍び込む決断をした。王子に会いに行くためだ。
スノウベルは付いてきたいと必死に訴えたが、俺は絶対にそれを許さなかった。
彼女は国の現状を知っていて、その上でついて来たいと主張するのだ。
その度胸には恐れ入るが、俺は絶対に部屋から出るなと、彼女に言い含めた。




