本音と建前は違います
スノウベルは案の定、かわいそうなくらい慌てている。
「な、リナリア! 何して……!?」
「わあーお肌すべすべ。前会った時から気になってたんだよね。なんの化粧品使ってるの? あ、この世界に洗顔剤とかあるっけ?」
言いながら、リナリアがスノウベルのまろい頬をさすっている。
分かってる、スノウベルが照れ屋なのは分かってるんだ。
でもそんな風に他人に触られて、顔を赤く染められたら、見てるこっちはたまったものじゃない。
――――ふざけんな!
「俺だってまだ抱きしめたことないのに!」
勢いのまま怒鳴りつければ、マルセルが心底呆れたような溜息をついた。
俺だって男だ。表には出さないけれど、色々と欲求は持ってるんだ。でも彼女を怖がらせたくないから、リナリアみたいにべたべた触るようなことはしない。
リナリアはというと、ふーんと当たり前のような顔をしただけだ。
「なに、いずれは抱きしめたいと思ってるの? へえーそうなんだ」
「うるさいな。その顔をやめろ」
駄目だ、こいつといると、本音が漏れそうになってしまう。
「いいから離れろ。スノウベルが困ってるだろ!」
「ふーん。紳士ぶってるけど、本当はあんなこととかこんなこととか、したいって思ってるでしょ」
「なっ」
小さく声を上げたのはスノウベルだ。
俺は慌てる。
「……思ってる訳ないだろ!」
嘘です、思ってます。俺だって人間だ。
その銀色の長い髪に指を入れて心ゆくまで梳きたいとか、繊細な細い指に指を絡めたいとか、柔らかそうな唇に触れたいとか、できればその先もしたいとか本当は思っている。
俺はそれぐらいには、あの子が好きだ。
俺だけにしかしない顔を見せてほしい。その鈴を転がすような声で、俺の名前を呼んで欲しい。
でもそんなこと、言えるわけがない。第一、言う勇気を俺は持ち合わせていない。
初めて会った時、スノウベルは俺を怖がっていた。今は友達になってくれているけど。
深入りしすぎて、怖がられて、嫌われでもしたら。
そう思うと、無闇に抱きしめることなんてできない。まあ触れたいとは、いつも思ってるけど。
俺がすべてをぐっと堪えていると、リナリアが困ったような顔をした。
「ちょっと黒騎士様。黙っていても伝わらないよ。ちゃんと言葉にしないと」
彼女はふざけているように見えて、どこか物言いたげな目をしていた。
「勝手に一人で決めつけるのはよくないよ。第一その様子だと、スノウベルがどう思ってるか聞いたことないでしょ?」
その間も、彼女の手はやさしく頬を撫でている。
スノウベルは顔を赤くして俯いていた。
リナリアの言う通りだが、俺は今、複雑な思考ができないでいた。
目の前の光景に、ちょっと頭が追い付かない。
気安くスノウベルに触らないでほしい。
昔一緒にいて気づいたが、あの子は触られることに弱いのだ。
「――――手を離せ」
思わず口をついて出た声は、自分で思っていた以上に低いものだった。
リナリアがはたと手を止める。
「うわ、イケメンのキレ顔こわ」
彼女はなんとも言えない表情を浮かべていた。
「あのねえ、そんな目で睨まれたらスノウベルが怖がるでしょ。もしかしていつもそんな顔してるわけ? よく今まで逃げられなかったね」
「俺の顔なんかどうでもいい。その子から離れろ」
こいつ、こっちの話を真面目に聞いていない。
俺はいらいらしながら、はっきり言い放ってやった。
「スノウベルに触っていいのは俺だけだ!」
「ふ、二人とも、いい加減にして!!」
今まで静かにしていたスノウベルが、とうとう大声を上げた。
彼女はなんとかリナリアを突き離すと、真っ赤な顔で怒鳴りつける。
「信じられない! こんな……こんな、学校の真ん中で!」
いや別に真ん中ではないだろう。
それにこの中庭、今は俺達以外に人がいる訳ではない。
俺は真面目な顔で一歩踏み出した。
スノウベルに非はない。でもリナリアに好きなように触られていたことに、俺は少しだけ理不尽な怒りを覚えていたのだ。
彼女に近づき、むっとしたまま見下ろした。
「俺はな、真面目に言ってるんだ。君は無防備すぎる。そんなんで他の奴らに目をつけられたらどうなるか……」
スノウベルがわずかに身を固くしたが、なりふり構っていられなかった。
俺は今日一日、心の底で思っていたことを口にする。
「スノウベル。共同試験の相手、まだ決まってないよな?」
言いながら、彼女の肩に手を置き、紫の瞳を覗き込んだ。
俺は怖い目をしているらしいが、口の中はひどく乾いている。
去年も、一昨年もそうだった。
そうして今年も同じように、俺は彼女を誘うため、緊張しながら口を開くのだ。




