少女達の隠しごと
*
武術科の授業には、たまにアルフレッドが混じる。
彼は普段は特化型教養科にいるのだけど、武術科も専攻しているので、俺と同じ訓練場で、剣を振ることもあるのだ。
そんな彼は最近、複雑そうな顔をしている。
話を聞くと、彼の父親――つまり国王陛下の周りが、面倒なことになっているらしい。
国王は聖ドルムト協会と魔女に関して、今までと別の方針を打ち出したそうだ。
魔女といえばスノウベルに関係する。
詳しく聞き出そうと思ったが、王子は不意に話題を変えた。
「それよりカイン、スノウベルのことだが、最近の噂を知ってるか」
俺は一瞬どきりとする。
今まさに考えていたことだ。
スノウベルという言葉だけで、意識がすべてそっちに持って行かれてしまう。
「噂? 彼女がどうかしたんですか?」
魔女と関係することだろうかと身構える俺をよそに、アルフレッドはまったく別の人物を持ちだした。
「キーニアンという一年生がいるだろう。お前の想い人、あの下級生としょっちゅう会ってるらしいぞ。それも放課後に」
「えっ」
思わず声を上げる俺に、アルフレッドは食えない笑みを浮かべた。
「まあ別にどうしようとお前の勝手だが。俺はただ教えてやっただけだ」
ぽん、と肩に手を置かれる。
このままではまずいぞと言いたいのだろうか。
実のところ、俺は彼女と共同試験で組みたいと思っているのだ。
彼女はかわいいし、他の奴らに誘われては困る。まあ同じ科での協力は禁止されているので、マルセルとは組まないと思うけど。
どちらにせよ、彼女が下級生と会っているのは面白くない。由々しき事態だ。
「その放課後会ってる場所って、どこか分かりますか?」
振り向いた俺に、アルフレッドは意味深な笑みを浮かべた。
彼は親切にも、その場所をきちんと教えてくれた。
アルフレッドはやっぱり、そこそこ良い奴だ。
その数分後、俺はあの王子に、もともとの話題をはぐらかされたことに気が付いた。
*
放課後、アルフレッドの言っていた場所へ俺は向かった。
魔法科の中庭だ。
立派な回廊の横に広がる中庭には、古びた噴水やら、萎れかけた草花がある。
噴水の土台は欠けていた。ここは大昔から、魔法科の生徒の訓練場所としてよく使われるので、こうした器物の損傷が起こるらしい。ここの噴水が建て替えられず、古いままなのも納得だ。
中庭の伸び放題の草地へ足を踏み入れれば、王子が言った通り、スノウベルの声がした。
ぼそぼそと何か言っているが、よく聞き取れない。合間に、あの少年の声がした。
俺が草花を掻き分けると、スノウベルとマルセルが、はっとこちらを見た。
スノウベルがばっと持っていた何かを隠す。この前のノートだ。
彼女の顔は赤い。一体何を話してたんだ。
「よう、スノウベル。何してたんだ」
俺はわざとにこやかに言った。スノウベルの顔がわずかに引きつる。
マルセルがこちらを見上げ、静かな目で言った。
「こんにちは、エーベルト先輩。何か御用ですか?」
「うん、ちょっとね。君、スノウベルとここでなんの話をしていたんだ?」
「魔法についての勉強を」
「こんな中庭で、人に隠れるようにして?」
「ええ、ちょっと、特別な魔法なので」
少年はわずかに言い淀む。
「特別?」
俺が一歩近づくと、スノウベルが一歩下がる。
その前に、マルセルが立ちふさがった。まるで彼女を庇うようで、俺はそれが面白くない。
「エーベルト先輩。この前僕に仰いましたよね。勝手に人のことを詮索するのは良くないって」
「ああ確かに言ったけど」
そう言われると、俺は何も言い返せない。
じっとスノウベルを見据えれば、彼女の視線がわずかに泳ぐ。
「スノウベル、俺に隠し事か?」
「べ、別に隠してないわ」
「ふうん。その子には言えて、俺には言えないんだ。よっぽど大切な魔法なんだな」
「そ、そうよ」
頬を染めたまま、ぐっとこちらを睨むスノウベル。
俺はとっても複雑な心境だ。そんな目で見られると、彼女の秘密を何もかも暴いてやりたくなるのだ。
そんなこと、できるわけがないけど。
ああ、なんかこう、めちゃくちゃ素振りしたい気分だ。
でもすごすごと訓練場に戻ったら、アルフレッドに笑われる未来が見える。
「あれ? カイン、ここで何してるの?」
そこへ、別の声が割って入った。
見れば、草を掻き分け、リナリアがやって来るところだった。
俺にとって、こいつは既に同郷の友人みたいな存在だった。
つい男友達に言うようなノリで、言ってしまう。
「スノウベルが、俺に隠れて何かやってるんだ」
「スノウベル? ――ああ」
リナリアは一人で頷き、納得したように言った。
「そのことなら大丈夫。スノウベルはちょっと、うまくできない魔法があって。それが恥ずかしくてカインに言えないのよ。ね、スノウベル」
「え、ええ。……そうなの」
強く頷くスノウベル。――ほんとか?
「大丈夫よ。心配しなくてもスノウベルはまだ、共同試験で組む相手決まってないから。――マルセル君はわたしと組んでくれるよね!」
「は? 聞いてないけど」
「いや、今決めたから!」
リナリアは相変わらずだ。俺は何度かこいつらと会っているが、それにしても彼女はポジティブだ。ある意味尊敬してしまう。
マルセルは面倒臭そうに肩を竦めた。
「言っておくけど、同じ科では組めないんだよ。そこのところ、分かってる?」
「えっ、嘘!?」
「嘘じゃない。馬鹿言ってないで、誰と組んでもいいよう、練習しとくんだな」
マルセルはひたすら、迷惑そうな表情をしていた。
俺でも分かるが、これは照れているとかではなく、本気で面倒臭がられてる。
対するリナリアは肩を落としているけれど、これは新入生によくある事例だ。
俺も最初の年、白騎士に組もうと迫られて大変だった。
別にあいつは嫌いじゃないが、ちょっと苦手だし、俺の眼中にはスノウベルしかないのだ。
この同じ科では禁止、という制度に、俺は毎年助けられている。
まあ彼女と組んだからといって、何も進展しなかったけど。
リナリアは大きく溜息をついた。
「はぁー、マルセル君は相変わらず冷たいな。まだスノウベルの方がやさしいよ」
彼女はそう言って、スノウベルに近づいた。
「ねえスノウベル、この後暇? 良ければ食堂でお茶しない?」
「えっ、べ、別にいいけど」
スノウベルはちょっと迷った後、すぐに答えた。
彼女は生真面目すぎるのと、喋り方から誤解を生みやすいため、女の子の友達がいないのだ。俺はそれを心配していたから、リナリアがこうして、彼女と仲良くしてくれるのは嬉しい。嬉しいことなのだが。
「わーありがと! スノウベルとお茶とか、イベント案件でしょ!」
騒ぎながら、ぎゅっとスノウベルを抱きしめるリナリアに、俺はちょっとびっくりした。
それはスノウベルも同じだ。
はっきり言って、スノウベルはスキンシップに慣れていない。
いきなり何してんだこいつ。




