リナリアの決意
正直なところ、自分でもびっくりだった。
男の人をそう言う目で見たことはなかったし、しかも年下に惚れるなんて、誰が予想できただろう。
わたしは生前にマルセルルートをやらなかったことを後悔した。ショタに興味はないと、ゲーム機を放り出した自分を殴りたい。
現実のマルセルは本当に毒舌で、正直なところ結構傷つく。ゲームで一度ぐらいデレ顔を拝んでおけば良かった。これではマルセルに、デレるという感情があるのかも怪しい。
そんなこんなで色々葛藤していたが、わたしは結局、たまにマルセルに会いに行くようになった。
魔法使いの寝泊まりする研究塔は、国の中央、城の傍に大きなものがそびえている。それから王国クランにちらばるようにして、方々にいくつかあった。
わたしの住む小さな村は国のはずれだが、マルセルが住んでいた塔も、割と近くに建っていたのだ。
まあ歩いて行けば片道三時間はかかるけど、村と塔を行き来する荷馬車に頼み込んで乗せてもらっていた。
対価として、わたしは荷物の上げ下ろしだとか、伝言だとかを請け負っていた。
わたしが行くと、マルセルはいつも嫌な顔をするし、適当にあしらうのだけど、頑張って居座っていたら、無視して置いてくれるようになった。
――――ごめんね、研究の邪魔はしないから。
わたしはそう思いながら、マルセルが研究するのを飽きずに眺めたり、触っても大丈夫そうな本を読んだりしていた。
ある時、わたしが魔法を使えることが判明してからは、マルセルも少しだけ興味を持ってくれるようになった。
わたしの魔力は光の系統で、癒しの魔法とも言われる。簡単にいえば回復魔法だ。マルセルが興味を持つのはあくまで魔法であり、わたし自身じゃないけど、それでもわたしは嬉しかった。
もっとこっちを見て欲しくて、彼の役に立ちたいって言うのもあって、魔法をうまく使えるよう練習した。
本来なら、十四歳の時点で、クラン王立学園に入る資格があるのだ。
それはこの国に置いて、貴族でも庶民でも分け隔てなく持つ権利だ。基本的な試験さえ通れば、入ることができる。
でもわたしは、怖かった。
あそこへわたしが行けば、物語が始まってしまう。
ゲームではヒロインの入学は十六歳だったが、時期は関係ないのではないだろうか。
同じ学年に王子がいて、スノウベルがいて、失敗すれば死亡エンドが待っている。
自意識過剰なんて話じゃなくて、もしも王子がわたしを好きになったら、スノウベルがわたしを殺そうとするだろう。
わたしは怖かったのだ。
本当はこうして田舎で、平和に暮らしている方がいい。たまにマルセルに会いに来て、魔法の上達を見てもらって、ただそれだけで十分だ。表舞台になんて立ちたくない。
けれど二年後、マルセルは言ったのだった。
「僕、王立学園に行く」
彼の師匠である偉い魔法使いは、国の中央のお城で働いているのだという。
マルセルは昔、彼にお世話になったそうだ。しかしその魔法使いは、弟子をこの国のはずれの研究塔に残して、自分は城へ行ってしまったのだと言う。
マルセルは彼の力になりたいのだそうだ。王族を狙っている何者かがいるらしく、その調査を手伝いたいのだと。そのためにも城の傍の学園に入って、力を磨き、いつでも動けるようにしておきたいらしい。
呆然とするわたしの前で、マルセルは部屋中の荷物を引っ張り出し、どれを持って行くか取捨選択を始めていた。
大きな地図や、まん丸の水晶。彼の大事にしていた分厚い本。
その色とりどりの品々に、わたしは彼が本気だと悟った。
荷物を包みながら、彼はこちらを振り返ることもなかった。
「あんたは来なくていいよ。なんか知らないけど、前からあの学校に入りたくなさそうだったし。ついて来られても、僕が困るしね」
相変わらず酷い言い草だが、その頃のわたしは、もう慣れ始めていた。
本当はたまに傷ついたりするけど、それを顔には出さない。
マルセルはわたしを必要としてない。でもわたしは、この子の傍にいたい。
だって王都は、何が起こるか分からない。王族の周りの仕事だなんて、危険に巻き込まれるかもしれない。
それにわたしは、回復の魔法が使えるのだ。
「わ、わたしも行く」
気づけば、そう答えていた。
家を出るのは、そう難しいことではなかった。
親戚のおじさんとおばさんは、わたしが働くことで住まいと食事を与えてくれたが、わたしにそれ以上の情を抱いていなかったのだ。原作のヒロインは両親を失ってから、愛の少ない家庭で暮らしたという設定がある。わたしはその通りの子ども時代を過ごしたのだ。
この背景にはヒロインが学園に入ってから初めての愛を知る、という流れがあるようだ。でもわたしにとって、そんな設定迷惑でしかなかった。
実際、わたしはずっと寂しかったのだ。一人ぼっちだったらグレていたかもしれない。たまにしか会えない上、素っ気なかったけれど、それでもマルセルという存在がいて良かったと思う。
そんな訳で、わたしは誰に止められることもなく、王都へ行く方法を探すことができた。
鞄に少ない荷物をつめたわたしは、ゲームのヒロインとは違う、こざっぱりとした恰好をしていた。
ふわふわの服なんて動きにくいだけだ。いつもと同じように、黒いリボンで髪を一つに束ねたわたしは、マルセルの乗る王都行きの荷馬車に、一緒に乗せてもらった。
学園まで行って、入学試験に落ちたらかっこ悪すぎる。そんな訳で試験対策もばっちりだ。
マルセルは相変わらず面倒くさそうな目を向けるだけだったけど、同じ風に吹かれているだけで、わたしはなんだか嬉しかった。




