リナリアの初恋
*
わたしの名前はリナリア・グレイソン。乙女ゲームのヒロインとして転生したが、ぶっちゃけわたしは、ヒロインなんて柄ではない。
わたしは前世ではしがない高校一年生だった。友達にはオタク仲間が数人いて、中でもその一人と、方向性は違ったけど割と仲良くしていた。その子が貸してくれた乙女ゲームが、この世界の原型だ。
正直アクションゲームばっかりやっていたわたしは、この手の物に疎かった。ゲームと言えば戦闘である。ステルスで移動しながら敵の背後をつくのが基本の動きだ。そういう要素があるのかと聞けば、とにかくキャラがいいから試しにやってくれと、すべて受け流された上、ソフトを渡されたのだ。
正直興味はなかったけれど、まあプレイしているうちにどうにかなるだろうと画面をつけた。
わたしがやったのは、王子と白騎士のルートだけだ。よく分からないまま選択肢を選んでいったら、そのルートに突入してしまった。
どちらもハッピーエンドで終われたので良かったが、そのルートですら、王子が少し屈折していることが分かった。後から知ったが、選択肢を失敗するとヤンデレ監禁ルートなんてのもあるらしい。こわ。
王子はヤンデレでちょっと怖いし、白騎士は真面目すぎてつまらないが、間に黒騎士が入って来るとキャラが映える。黒騎士も真面目なのだが、温厚な白騎士とは方向性がちょっと違って、少し冷ややかなところがある。
ゲーム中、この三人が一緒に並んでいると、なかなか様になっていた。
ちょっと屈折した王子は、言葉にしないが黒騎士に信頼を寄せている。対する白騎士は、王子に盲目的な尊敬の念を抱いている。黒騎士は白騎士と切磋琢磨しあう中だ。
そのうち戦闘シーンが出てきて、左右コマンドで剣やら魔法やらを操るのかとわくわくしていたが、残念ながらそういう場面はなかった。
けれどシナリオはなかなか良くて、それなりに満足することができた。
友達に感想を聞かれたので、面白かったが戦闘シーンがないのが残念だったと正直に伝えると、微妙な顔をされてしまった。そもそも好きな方向性が違うのだから仕方ない。
そんなゆるいプレイをしていたわたしだが、自分が転生したと気づいた当初は、非常に焦った。なぜって、ヒロインのリナリアは、失敗すると死んでしまうからだ。
わたしにとっての脅威は、ヤンデレ王子アルフレッドと、悪役の魔女スノウベルだ。
あとはこの世界自体、それなりに危険な人買いとかもいるので、気をつけなければならない。
貴族のカインはあまり実感が湧かないようだが、庶民のわたしにはこの世界の危険性がなんとなく分かる。
わたしの両親は幼い頃に亡くなり、わたしは親戚の家で育てられた。
しかしあまり目に掛けられていなかったこともあり、守ってくれる人がいなかったのだ。
二年前、十四歳になった頃、わたしは人買いにさらわれたのである。
この世界にそういう危ない人たちがいるっていうのは知っていたけど、まさか自分が遭遇するとは思わなかった。だってゲームのシナリオには、そんなこと書いていなかった。
隣村へおつかいに行く途中、人買いに捕まったわたしは、嘘みたいに鎖と足枷をはめられて、他の十数人の子どもと共にどこかへ護送されていった。鉄格子のはまった荷馬車は映画みたいで笑えたけど、内心泣き叫びそうだった。アクションゲームをうまく操れたところで、実際のプレイヤーがうまく戦える訳ではない。
わたしは結局ただのひ弱な女の子で、逃げ出す力も持たなかった。本当に怖くて、やばい人に買われたらどうしようと、心臓が震えていた。
そこに、あの子がやって来たのだ。
わたしより二つ年下の、マルセル・キーニアン。
魔法使いの弟子である彼は、師匠の命令か何か知らないが、その時たまたま、わたしをさらった人買い達を攻撃したのだ。
夜の暗い森の中。
突然の衝撃音に、人買いたちの怒鳴り声。
荷台は激しく揺れて、閃光が見えた気がした。
他の子どもたちと一緒に身を強張らせていたら、やがて檻の扉が開いて、彼が現れたのだ。
少年は次々と全員の枷を解いて行った。鮮やかな手つきだった。
他の子ども達はお礼を言って去ってしまったが、わたしだけは立ち尽くしたまま、彼の前から動けなかった。
「――――何?」
マルセルの赤みがかった金髪が、静かに風に揺れていた。
鋭さのある大きな目は、微塵ほどもこちらに興味を持っていない。
それでもわたしは、そのワインレッドの瞳に惹きつけられて、どうしようもなかったのだ。
「……好きです」
ぽろ、とこぼした言葉に、少年ははぁ? と片眉を上げた。
「僕は上からの命であんたたちを助けただけだ。ふざけた勘違いをするな」
「勘違いじゃない」
思わず返せば、少年の眉間にぐっと皺が寄る。
「冗談もたいがいにしろ。あんたみたいな面倒な女、僕は嫌いだ」
ざっくりと、わたしの告白は打ち砕かれた。
まあそれはそうだ。初めて会ったのに好きとか言われたら、誰だって気味悪く思うだろう。それにわたしは、他キャラのルートを見て、この子の性格ぐらいは知っていた。
マルセルはとんでもなく毒舌なのだ。
これぐらいで折れてなるものかと、その時のわたしは決意した。




