表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/19

第三話 俺の剣は、手を離れても廻る

最初の一時間で、俺は自分の足を三度、斬りかけた。


剣の訓練は、町外れの円形広場で行われた。剣は魂核を中心に軌道を取る――ウトリの説明は正しかった。ただし「原則として接触しない」と「絶対に接触しない」は違う。俺が慌てて軌道の内側へ飛び込めば、刃は当然、そこにある。


一度目は靴の先を削った。


二度目は袖を裂いた。


三度目は髪を数本、持っていかれた。


「なあ、これ、適性あるのか?」


「発現初日の記録としては優秀です」


「優秀なやつは自分の頭を刈らないだろ」


「過去には、初動で武器を紛失した方もいます」


「浮かせた剣をどうやってなくすんだよ」


「上空へ射出したまま、回収不能になりました」


思わず空を見上げた。


この偽物の青空のどこかに、昔の勇者がすっ飛ばした剣が刺さっている気がした。


 


ウトリは木人形の配置を変えた。五体を円状に、三体を外側に、二体を俺の背後に。


「廻転の基本は、武器を見ることではありません」


「見ないで動かすのか?」


「自分と武器との距離を、身体の一部として認識してください」


「尻尾みたいに?」


「近い表現です」


俺は目を閉じた。


剣の重さ。刃の長さ。柄の向き。


手に持っていないのに、どこにあるかが薄く分かる。目で見るんじゃない。歯の位置を舌で確かめるみたいな感覚だった。


一周。剣が右肩の後ろを通る。


二周。左足の外側を抜ける。


速度を上げると、感覚が細い線から「面」に変わった。俺を囲む、透明な輪。


「目を開けてください」


人形が、すぐ近くまで動かされていた。


――慌てなかった。


輪を少し外へ広げる。最初の人形の腕が落ちる。軌道を上げて二体目の首。背後の一体は見えない。見えないのに、輪に触れた瞬間、位置が分かった。刃を返して胴を裂く。


木片が飛んだ。


胸の奥が、勝手に熱くなった。


なんだこれは。


――気持ちいい。


「今の、すごくないか?」


「はい。想定値を上回っています」


「もっと驚いていいぞ」


「驚いています」


「顔に出ないな」


「訓練中ですので」


 


次は動く標的だった。


床から細い柱がせり出し、木球を不規則に投げてくる。剣で斬ればいい。ただし、球には青く塗られたものが混じっている。青は避難民役。斬れば失格。


最初の試行で、俺は青を二つ斬った。


二回目は一つ。


三回目は全部避けたが、今度は赤い球を三つ逃した。


「……敵だけを選ぶのって、難しいな」


「実戦では、識別情報が表示されます」


「その『敵』は、誰が決める?」


「人類軍の観測情報と、女神の敵性判定です」


「間違えることは?」


ウトリは、わずかに間を置いた。


「ゼロでは、ありません」


「じゃあ、俺も自分の目で見て決める」


「はい」


「女神が敵だと言っても、違うと思ったら止める」


彼女は俺をじっと見た。


「……覚えておきます」


「何を?」


「あなたが、そう決めたことを」


その言い方は、俺のためというより――彼女自身が忘れないための言葉に聞こえた。


 


休憩中、訓練場の端に座って剣を眺めた。刃には新しい傷が増えている。木人形を斬っただけなのに、妙に古びて見えた。


「廻転できる勇者って、前にもいたのか」


「類似能力の記録は、あります」


「……俺だけじゃないのか」


期待していたつもりはなかったのに、声が少し沈んだ。ウトリはそれを見抜いたらしい。


「同じ能力でも、扱い方は個人によって異なります。あなたの廻転は、あなたのものです」


「慰めてるだろ」


「事実です」


剣へ意識を向ける。刃がゆっくり浮き、俺の周囲を一周した。


誰かと同じ力でもいい。


今この瞬間、この剣が俺の意思に応えている。名前も過去もない俺にとって、その確かさだけが、地面みたいなものだった。


 


訓練の最後に、ウトリは課題を出した。


木人形は一体だけ。胸に赤い布。右腕に青い布。頭に白い布。


「赤だけを、切ってください」


「簡単そうに見えるな」


「見えるだけです」


人形は一定の速さで回り、青と白が赤の前に何度も重なる。


一度目、青まで裂いた。


二度目、赤は切れたが刃が木の胸に深く入った。


三度目、止めるのが遅れて首まで傷をつけた。


「敵を倒す訓練なのに、傷をつけたら失敗なのか?」


「この課題の目的は、殺傷ではなく――停止です」


「戦場の敵は止まってくれないぞ」


「だから、止める能力を先に覚えてください」


ウトリは人形の前へ立った。投影だから、刃が当たっても傷つかない。分かっているのに、俺の剣は自然と彼女から遠ざかった。


「私を、青い布だと思ってください」


「それ、余計に集中できないんだが」


「なぜですか」


「斬れない相手が近くにいると、失敗したときが怖い」


「私は斬れません」


「分かってても、だ」


ウトリは少し考えて、俺の右側に立った。


「では、武器を止める基準を一つ決めましょう」


「基準?」


「恐怖で視界が狭くなったときにも、必ず確認できる、身体の一部です」


俺は自分の手を見た。剣を握っていない手は、なぜか自分のものという感じが薄い。


足元を見る。


「――右脚」


「理由は?」


「今、ちゃんと地面についてるから」


「分かりました。武器の位置が分からなくなったら、右脚の感覚を確認してください。右脚から魂核までの距離を基準に、すべての軌道を再計算します」


「そんなもんで止まるのか」


「試してください」


人形が回転を始める。


赤。青。白。


剣を出す。赤い布の端に刃が触れる。人形が回り、青い腕が軌道に入った。


止まれ。


剣は、すぐには止まらない。


――右脚。


靴底の圧力。土の硬さ。右足首から膝、腰、胸へつながる自分の輪郭。そこから刃までの距離を、一息で測る。


剣が、青い布の手前で静止した。


刃と布の間は、指一本分もなかった。


「……止まった」


「はい」


「今の、すごくないか?」


「先ほども聞きました」


「同じこと繰り返すなって?」


「いいえ。同じ確認を、何度でもしてください。『できた』という感覚は、恐怖の中で戻ってくるための目印になります」


俺は右脚を踏み直した。


地面がある。自分の身体がある。剣は俺の外側にある。


四度目の試行で、赤い布だけが宙に舞った。


木人形には、傷ひとつなかった。


「……殺さないほうが難しいんだな」


「多くの場合、そうです」


「なら、この訓練は忘れない」


「記録しました」


「俺の記憶に残すって意味だよ」


ウトリは一瞬だけ目を伏せた。


「――それが、最も望ましいです」


 


剣を呼び戻す。刃は右脚の外側を通り、何も傷つけず、静かに減速した。


そのとき。


滑らかに回っていた刃が、急に軌道を乱し、俺の目の前で停止した。


鏡のような刀身に、自分の顔が映る。


知らない顔だった。


当たり前だ。俺は自分の顔すら覚えていない。


けれど、その顔を見た瞬間――別の映像が重なった。


同じ剣。白い床。血に濡れた手。誰かの叫ぶ声。


――処理を、続行。


「うっ……!」


頭の奥に痛みが走り、剣が地面に落ちた。


「勇者様?」


ウトリが駆け寄る。支えを求めて肩へ伸ばした俺の指は、また、彼女を通り抜けた。


冷たくも、温かくもない。


何も、なかった。


「……やっぱり、そこにいないんだな」


彼女はしばらく黙っていた。


「私は、遠隔投影です」


「どこから」


「安全な場所から」


「最初からそう言えよ」


「あなたが孤独を感じないよう、実体に近い表示を選択しました」


「触れないほうが孤独になるだろ」


ウトリは答えなかった。


俺は地面の剣を見た。刃は主人の命令を待つように、小さく震えている。


「……まあいい」


手を伸ばさず、剣を浮かせた。


「触れなくても話はできる。戦い方も教えてくれる。今は、それでいい」


ウトリは、少し寂しそうに微笑んだ。


剣はまた、俺の周囲を廻り始めた。


――まるで、ここから逃げられないことを、確かめるみたいに。


それより、さっきの映像は何だ。


血に濡れた白い床。「処理を続行」。


あれは、俺の記憶なのか。


だとしたら――あの部屋で処理されていたのは、誰だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ