第十四話 二本目の剣
新しい武器を試した結果は、脛への直撃だった。
水精霊王を倒したあと、タウンの鍛冶場に新しい武器が並んだ。最初に試したのは、長剣と槍。
長剣の円へ槍の穂先が入り込み、二本が空中で絡まる。回転の勢いを失った槍が落ち、柄が脛に直撃した。
「痛っ!」
「武器同士の軌道間隔を広げてください」
「今言うか?」
「実際の衝突を見たほうが理解しやすいかと」
「教育方針が乱暴になってないか」
ウトリは無表情で、槍を拾うよう促した。投影なので、本人は拾えない。
「武器が二本になれば、単純に強さが二倍になるわけではありません。注意、魔力、空間認識も分割されます」
「じゃあ、何でやらせる」
「あなたが、二本を望んだからです」
言われてみれば、そうだった。
水精霊王戦で、一本は核へ、もう一本はリオルを守るために使いたかった。できなかったことが、武器を増やせばできる気がした。
次は、長剣と短剣。
重さも長さも違うから、同じ速度では廻らない。長剣を外側へ、短剣を内側へ。別々の武器として動かすんじゃない。大小二つの、歯車として考える。
最初は十秒。
次は三十秒。
一分を越えたところで、頭の奥が焼けるように痛んだ。短剣の位置が曖昧になり、長剣と接触する。
「休息を」
「まだできる」
「集中力が低下しています」
「戦場じゃ、疲れたから休むって言えないだろ」
「戦場へ、疲れた状態で入る必要もありません」
ウトリが、二本の武器の間に立った。
刃は彼女を通り抜ける。それでも「止めろ」という意思は伝わった。
「あなたは――死ねば次に学べると、考え始めています」
「実際そうだろ」
「だからこそ、生きたまま学ぶ時間を軽視しないでください」
「死ぬ気はない」
「水の荒野でも、そう言いました」
言い返せなかった。
俺は二本を地面へ下ろした。
水を飲む。手が震えている。武器に触ってもいないのに、指が攣ったように痛かった。
ウトリは俺の数値を確認しながら、ぽつりと言った。
「リオル・セインから、伝言があります」
「歩けるようになったのか?」
「短距離なら。墓の回収隊へ参加したそうです」
「二人は?」
「人類圏へ戻されました。正式な墓地へ埋葬されます」
胸の奥が、軽くなった。
「何て言ってた?」
ウトリが録音を再生する。
>『勇者様へ。隊長とサナを連れて帰れました。場所を覚えてくれていて、ありがとうございます。次は、俺がそちらを助ける番です。と言っても、前線復帰はまだ先らしいので、先に死なないでください』
最後に、周囲の兵士たちの笑い声が入っていた。
その日の夕方、訓練場の壁に映像が開いた。
前哨所の医務室。松葉杖をついたリオルが、画面の向こうで手を振る。
「生きてますか、勇者様」
「それを最初に訊くのはこっちだろ」
「俺は映ってるので分かるでしょう」
「録画かもしれない」
「じゃあ、普通に話して確かめます?」
思わず笑った。
「サナの笛は」
「正式な墓へ一緒に入れました。隊長の短刀も」
「右脚は?」
「俺の右脚なら、まだ痛いです」
「オルドの話だ」
「――覚えてる」
リオルの肩から、力が抜けた。
俺が同じ俺か、本気で確かめていたらしい。
「飴の味は?」
「まだもらってない」
「役に立たない確認だなあ」
「戻ったら催促する」
「『戻る』って言い方、やっぱり嫌です」
「……俺も少し、嫌になった」
ウトリは映像の外側で、通信の残り時間を気にしている。残り七分。
「そっちは、次どこへ?」
「空」
「雑ですね」
「空に島があるらしい」
「落ちないでくださいよ」
「死んでも戻る」
言った直後、リオルの顔が固まった。
俺も、自分の言葉に気づいた。
いつからだ。「死んでも戻る」を、保険じゃなくて前提として口にするようになったのは。
「……違う。落ちないようにする」
「それでお願いします」
リオルは松葉杖を壁に立てかけ、椅子に座った。
「勇者様。俺、隊長たちを連れて帰る途中で考えたんです」
「何を」
「俺たちは、『何度も戻る勇者がいれば勝てる』って教わってました。死んでも平気だから、俺たちより怖くないと思ってた」
「平気じゃない」
「分かりました。――見たから」
彼の声から、軽さが消えた。
「だから、次に誰かが『勇者なら死ねる』って言ったら、俺が止めます」
「前線の一兵士が?」
「一兵士でも言えます。聞かれないだけで」
「反逆者になるぞ」
「鐘を壊した工兵の話、知ってます?」
俺は驚いた。
「――水害の村に、墓があった」
「隊長が教えてくれました。命令に逆らって、精霊と一緒に村を逃がした人たち。第三水路隊じゃ、密かに英雄扱いです」
「公式には反逆者だ」
「公式じゃない場所で、覚えてる人もいます」
それを聞いて、少しだけ救われた。
記録から消されても、誰かが話し続ける限り、完全には消えない。
「じゃあ、俺が変になったら止めろ」
「前にも言われました」
「同じことを繰り返すな?」
「大事なことなら、何度でも言ってください」
訓練場の端で、二本の武器が静かに浮いている。
俺は画面へ向けて、長剣を外周、短剣を内周に廻した。
「近づくなよ」
「画面越しなのに?」
「安全確認の練習だ」
リオルの映像を、あの青い布だと思う。
長剣が高速で一周する。短剣が逆向きに抜ける。二本の交点が、画面の縁へ近づく。
右脚。床の感触。
武器が、同時に止まった。
リオルの鼻先に見える位置で。
「怖っ!」
「映像だろ」
「分かってても怖いですよ!」
ウトリが小さく笑った。
俺は二本をゆっくり下ろした。
「殺すより、止めるほうが難しい」
「隊長も言ってました。突撃命令より、撤退命令を出すほうが勇気がいるって」
残り一分。
「リオル」
「はい」
「次は、自分も守る」
「――記録しました」
ウトリの口調を真似て言う。
通信が切れる直前、リオルは笑った。久しぶりに、戦争と関係のない笑い方だった。
「命令が逆だな」
「よい命令です」
「リオルの命令なら、従ってもいい」
言った瞬間、胸の奥で小さな拍が鳴った。
――命令節点候補、不適。
意味のようなものが一瞬浮かんで、消えた。
「どうしました?」
「いや。……誰かに、却下された気がした」
「休息不足です」
ウトリはそう言ったが、記録板の文字列は、速く流れていた。
再開後、俺は二本を別々に見るのをやめた。
長剣は、外の壁。短剣は、内側の針。
敵が近づけば長剣で押し、逃げれば短剣を飛ばす。人形を倒すたび、武器を元の軌道へ戻すのではなく、そのまま次の攻撃へつなげる。
輪じゃない。螺旋だ。
同じ場所を廻りながら、少しずつ先へ進む。
十体の木人形が並ぶ。長剣で一体目の腕を落とす。反動で二体目の背後へ回す。その間に短剣が一体目の胸を突き、引き抜いた軌道で三体目の脚を切る。
俺は、中央を歩くだけ。
金属音と木の割れる音が連続する。
最後の人形が崩れたとき、二本は互いにぶつからず、俺の左右へ戻ってきた。
「できた」
「はい」
ウトリが笑う。
俺は短剣を手に取った。柄には、刻み傷。数えると、二十七本あった。
「これ……倒した数かな」
「可能性はあります」
「前の持ち主は、これを置いていったのか」
「戦場で回収された装備です」
「死んだのか?」
「記録は、ありません」
短剣を握ると、狭い路地と、誰かの背中の感覚が一瞬よぎった。
誰かの記憶か。ただの使い癖か。
俺は、柄に二十八本目の傷を刻むのをやめた。
倒した数を残すより、生きて帰った回数を数えたかった。
――けれど、それを刻む場所は、まだどこにもなかった。




