表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/18

第十話 俺は、誰かを守って死んだ

時間が、遅くなった。


精霊王の最初の波を、俺は避けられた。


二度目も。


三度目は――半分だけ、だった。


水壁へ剣を逆回転で当て、流れを左右に割る。中央にできた隙間へ飛び込む。圧力で耳が痛み、息ができない。それでも刃は、外側の環流に届いた。


一周。


水狼が背後から来る。軌道を外せば、核への攻撃が途切れる。俺は身体を低くして牙を肩で受け、剣だけは回し続けた。


二周。


渦が刃を逸らす。腕を振るように意識をねじ込み、軌道を戻す。目の前の水が白く泡立つ。


三周目へ入る直前――精霊王が、俺の剣を水の腕でつかんだ。


刃が、止まる。


「離せ!」


引いても動かない。胸の核まで、あと数メートル。


そのとき、石塔から赤い信号弾が上がった。


リオルだ。


精霊王の光の輪が、そちらへ向いた。


「何してる!」


注意を引くと言っていた。予定どおりだ。予定どおりのはずだ。それでも、本当に自分を標的にするとは思っていなかった。


水の槍が、空に生まれていく。


俺は――剣を、手放した。


廻転の中心を、自分から石塔の方向へずらす。そんな技は教わっていない。できる確信もない。


ただ、あそこへ行けと、命じた。


剣が精霊王の手から抜け、石塔へ飛ぶ。落ちる槍を一つ、二つ、三つ弾く。


残りが、多すぎる。


俺は走った。精霊王の足元を蹴り、水路の段差を飛び越える。流れに横殴りにされ、転がされ、立って、もう一度走る。


「勇者様、核が無防備です!」


ウトリが叫ぶ。


「今なら攻撃を――」


「リオルが死ぬ!」


「精霊王を倒せば攻撃は止まります!」


「三周する前に槍が落ちる!」


計算では、間に合わない。


ウトリの言う方法が、全体としては正しいのかもしれない。核を壊せば精霊王は止まる。友人一人へ走るより、多くを救える。


それでも、足は石塔へ向かった。


 


リオルが見えた。


折れた槍を構え、逃げずに立っている。


「伏せろ!」


「勇者様、核を!」


「あんたまで言うな!」


水の槍が降り始める。


剣は四本まで弾いた。五本目が刃を押し流す。六本目が石塔を削る。


リオルの足元が、崩れた。


俺は最後の距離を跳んだ。彼を抱え、横へ転がる。一本が背中を掠める。


まだ、生きている。


「戻って核を狙ってください!」


リオルが俺を押す。


「お前を置いて?」


「俺のために全員を危険にするな!」


「全員って誰だよ。今ここにいるのは――お前だ!」


叫び返した瞬間、次の槍が形成された。


数が、増えている。


精霊王は学んだのだ。俺がリオルを守ると。石塔を狙えば、俺が核から離れると。


戦術として正しい。


俺が選んだことを、そのまま利用されている。


「帰還してください」


ウトリの声が低くなる。


「対象リオル・セインは回収できません。勇者様だけなら、今すぐ帰還可能です」


リオルが俺を見る。


「行ってください」


「嫌だ」


「戻って、次に勝てるんでしょう」


「次のお前はいない」


「勇者様なら、もっと大勢を救えます」


「――お前を数から外すな」


リオルの顔が歪んだ。


怖いのだ。死にたくないのだ。それでも、自分一人より勇者を残すべきだと、そう教育されている。


俺は、その教育に従うつもりはなかった。


「ウトリ。帰還を拒否する」


「勇者様」


「聞こえたな」


「死亡すれば、自動回収が作動します」


「その前に、こいつを逃がす」


 


精霊王と石塔の間に立つ。


剣は流され、遠くにある。手元に武器はない。


それでも――俺の周囲を廻る「軌道」は、残っている。


水面から、石を浮かせた。


剣ほど軽くない。形も悪い。三つ浮かせるだけで頭が割れそうになる。


「武器じゃなくても、廻せるんだな?」


「理論上は、魂へ同調可能な物質なら――」


「十分だ」


石を高速で廻す。落ちる槍にぶつけ、一瞬だけ軌道をずらす。


一本。二本。


石は砕ける。新しい石を拾う。


リオルが這って、塔の反対側へ進む。


「あと少し!」


頭の中が熱い。鼻から血が落ちる。視界の端が暗くなっていく。


最後の石が砕けたとき――リオルは、射線を抜けた。


助かった。


そう思った瞬間、精霊王が攻撃の向きを変えた。


俺へ。


無数の槍が、空を覆った。


逃げる時間は、なかった。


 


リオルは折れた槍を構えていた。あんなもので防げるはずがない。それでも逃げなかったのは、脚が動かなかったからか、兵士の意地か。


俺は彼を突き飛ばした。


一歩分だけ。


それで、十分だった。


最初の槍が背中に刺さる。身体の中で何かが折れた。二本目が脇腹。三本目が肩。四本目は、俺を地面へ縫い止めた。


声が出ない。


冷たいはずの水が、焼けるように熱い。


ああ――これだ。この感じだ。二度目でも、全然慣れない。


「勇者様!」


リオルの顔が近づく。


「逃げ……ろ」


「置いていけません!」


「それ……俺の台詞だろ」


冗談にしたかったのに、息と一緒に血が出ただけだった。


精霊王が、次の攻撃を編んでいる。


剣はどこだ。


視界を動かす。少し離れた場所で、刃が水に半分沈んでいる。


動け。


手じゃない。意志で。


剣が、震えた。


「勇者様、もういいです」


ウトリの声がする。


「帰還処理を開始します」


「まだ……」


「あなたは十分に戦いました」


「リオルが」


「彼は対象外です」


冷たい言葉だった。


けれど――その声は、震えていた。


「だから、帰れない」


「あなたは戻れます」


「俺だけ、戻ってどうする」


剣を浮かせる。一本の刃が、水面から上がる。


精霊王の核まで、遠い。今の出力では届かない。


なら、廻せばいい。


俺の周囲を一周、二周、三周。刃が速度を上げる。空気が鳴る。水滴が輪になって飛び散る。


「やめてください!」


ウトリが叫んだ。


「魂核への負荷が限界を超えます!」


「次は、もっと上手くやる」


「――次があなたとは、限りません!」


その言葉だけ、妙にはっきり聞こえた。


意味を考える時間は、なかった。


俺は剣を放った。


刃は白い線になり、精霊王の身体を貫いた。


核に届く。青い光に亀裂が走る。


完全には、砕けなかった。


それでも精霊王の動きが止まり、水路が一瞬沈んで、リオルの周囲に逃げ道ができた。


「行け!」


今度こそ、声が出た。


リオルは立ち上がった。何度も振り返りながら、石塔の向こうへ走っていく。


よかった。


それだけで、力が抜けた。


剣が落ちる。視界が暗くなる。


ウトリが俺のそばに膝をついていた。触れない手を、俺の頬に添えている。


「どうして」


「何が……」


「どうして、あなたは……」


続きは、聞こえなかった。


死ぬのは怖い。二度目でも――いや、本当は何度目か分からなくても、怖かった。


けれど、最後に見えたのが、逃げていくリオルの背中だったから。


俺は少しだけ、自分の死に納得できた。


「また、戻してくれ」


ウトリに言った。


「次は、勝つ」


彼女は、泣いていた。


涙が頬を伝うのに――地面へは、落ちなかった。


「ごめんなさい」


「何が……」


「あなたを、また使わなければなりません」


使う。


その言葉の意味を訊く前に、世界が消えた。


最後に、知らない声が重なった。


>死亡を確認。

>人格境界を開放。

>追加処置を開始。


――追加、処置。


どこかで見た言葉だ、と思った。


思ったところで、俺は終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ