第8話 映画館で
休日。
私はお兄ちゃんを誘って映画館に来ていた。
暗闇、密室、そして隣同士の至近距離。映画館はラブコメにおける最高の戦場だ。
(ふふん。隣にこんな可愛い妹が座っていたら、暗闇の中でドキドキして映画どころじゃないでしょ……!)
……と、思っていたのだが。
お兄ちゃんの趣味に合わせて選んだSFアクション映画。
そのド派手な爆発音に夢中で、私の方なんて1ミリも見ていない。
(ムカつく……!)
私はちょっとした嫌がらせのつもりで、二人の間のドリンクホルダーに置いてあったポップコーンの箱を、私の膝の上へとそっと移動させた。
(さあ、ポップコーンを食べようとして空振るがいいわ!)
暗闇の中、ニマニマと笑いながらお兄ちゃんの様子をうかがう。
映画から目を離さず、お兄ちゃんの手が手探りでポップコーンを探しにくる。
宙を彷徨う手。
よしよし、もっとこっちよ。
そして、そのままお兄ちゃんの手が私の方へ……。
ムニュッ。
お兄ちゃんの大きな手が、私の『二の腕』をしっかりと掴んだ。
(あれ? ポップコーンじゃなくて私の二の腕掴んでる……)
その瞬間、私の脳内に悪魔的な閃きが舞い降りた。
『おっぱいの揉み心地は二の腕に似ている』
という有名な雑学。
今は真っ暗で、お兄ちゃんもスクリーンを見たまま手探りで触っている状態だ。
つまり、これ……。
(私が『胸を揉まれた!』って主張すれば、お兄ちゃんは絶対に信じるはず!)
私は心の中でガッツポーズを決め、暗闇の中でわざとらしく、かつ切羽詰まったような声を出した。
「き、きゃあっ! お兄ちゃん……っ、私の胸、揉んだ……!」
(言った! 言ってやったわ! さすがに『妹の胸を揉んでしまった』なんて事実を突きつけられたら、いくらお兄ちゃんでも顔を真っ赤にしてパニックになるはず――!)
……でも。 自分で言っておきながら、私の顔は一気に沸騰しそうだった。
(ううぅ……嘘とはいえ、『お兄ちゃんが私の胸を揉んだ』なんてシチュエーションを自分で口にするのは、恥ずかしすぎるぅぅーーっ!)
勝手に心臓をバクバクさせて自爆しかかっている私に対し、 お兄ちゃんは掴んでいた私の二の腕(私の中では胸の設定)からスッと手を離し、平坦な声で言った。
「あ、ごめん。……ポップコーンの場所遠いから、自分で持つわ」
「…………え?」
お兄ちゃんは私の膝の上からポップコーンの箱をヒョイと持ち上げると、自分の膝の上に置き直し、そのまま何事もなかったかのように映画へと没頭し始めた。
(……え? え? ちょっと待って?)
『妹の胸を揉んでしまった』という大事件を、ただの『ポップコーンの配置ミスによる接触事故』として、完全に物理的なタスク処理で終わらせたの!?
普通、そこは「ご、ごめん! わざとじゃないんだ!」とか言って動揺するところでしょ!?
じっとスクリーンを見つめるお兄ちゃんの横顔は、完全に映画の世界に入り込んでいた。
「〜〜〜〜っ!!」
私は一人、暗闇の中で自分から仕掛けた嘘に勝手に照れ、勝手にダメージを受け、映画の内容が1ミリも頭に入ってこないまま上映終了を迎えるのだった。
続く!




