第11話 私の部屋で
3年前。
『この人たちが、あなたのお父さんと、お兄さんよ』
母からそう紹介された時のことを、今でも覚えている。
中学生に上がりたての私にとって、突然「一つ上の兄」ができたと言われても戸惑いしかなかった。
幸いだったのは、母の再婚相手がたまたま同じ苗字だったらしく、私の名前が変わらなかったことくらいだ。
最初はぎこちなかったけれど、時間が経てばお互いを「家族」として認識できるようになる。
実際に1年前、私がお風呂上がりにうっかり裸を見られてしまった時も、お兄ちゃんは本当に微塵も動揺せず、何も感じていないようだった。
すっかり家族として馴染んでいたのだ。
そんなお兄ちゃんの態度がどこか悔しくて、躍起になって誘惑を仕掛けていた時期もあった。
それはただ、お兄ちゃんのあの完璧なポーカーフェイスを崩したいという、私の自己満足に過ぎなかったはずだ。
でも、最近は違う。
お兄ちゃんと触れ合うたびに、胸が苦しくなる。
ドキドキして、目で追ってしまう。
この感情に、ちゃんとした名前があることも知っている。
でも、相手にその気が全くないのに、この感情を認めるわけにはいかない。
そうやって、ずっと自分の心に蓋をし続けていた。
「お兄ちゃん、部屋の蛍光灯、付け替えるの手伝って」
ある日のこと。部屋の電気が切れかかっていたので、私はお兄ちゃんを自室に呼んだ。
今までの私だったら、きっと何か企んでいただろう。
『脚立に乗るから下から押さえてて』と言ってワザとパンツを覗かせたり、バランスを崩したフリをして抱きついたりと、色々な作戦を考えたに違いない。
でも、今日はそんな気になれなかった。
そんな小手先の誘惑に意味がないことも、これ以上お兄ちゃんに軽くあしらわれて、私の心が傷つくのに耐えられないことも……もう、わかってしまったから。
案の定、私の助けなど一切必要なく、お兄ちゃんは一人で脚立に登り、あっさりと蛍光灯の交換を終わらせてしまった。
「よし、これで点くぞ。他に何かすることないか?」
お兄ちゃんが脚立を降りて、私を振り返る。
いつもの、何も変わらない、優しくて無表情なお兄ちゃん。
ドンッ。
「――お、おい。どうした?」
私は無言のまま、お兄ちゃんの胸ぐらを掴み、そのまま私のベッドへと押し倒していた。
突然のことに驚き、ベッドに仰向けになったお兄ちゃんを、上から押さえつけるようにして見下ろす。
「具合でも悪いのか?」
こんな状況でも、真っ先に私の体調を心配してくるその顔を見たら。
「……っ」
ポロポロと、我慢していた涙が溢れて止まらなくなってしまった。
「おい、ほんとにどうしたんだよ」
「……好きなの」
「え?」
「お兄ちゃんのことが、好きなのっ……!」
今まで溜め込んでいたものが一気に吹き出したように、私は感情を露わにして泣きじゃくった。
もう、ポーカーフェイスを崩したいなんていうゲームじゃない。これは、私の本当の気持ちだ。
お兄ちゃんは少しだけ目を見開いた後、困ったように眉を下げた。
「……俺たちは、兄妹だろ?」
「私たちは、本当の兄妹じゃないでしょ!!」
涙声で叫ぶ私に、お兄ちゃんは、心底不思議そうな顔をした。
「……え?」
「え?」
お兄ちゃんのあまりにも素っ頓狂な返事に、泣いていた私の気も一瞬抜けてしまった。
「え、なに……出会ったのは私が中1で、お兄ちゃんが中2の時だったじゃん。流石に覚えてないなんてこと、ないよね?」
「……」
「お兄ちゃんは、お父さんの連れ子でしょ? 3年前にお母さんが再婚して……」
私がそう言いかけると、お兄ちゃんは「ふうぅ」と深いため息をつき、ベッドからゆっくりと身体を起こした。
「ちょっと待ってろ」
そう言って、お兄ちゃんは一度部屋を出て行った。
(えっ……なに? どういうこと?)
ベッドに取り残され、涙目でお兄ちゃんを待つこと数分。
戻ってきたお兄ちゃんの腕には、古びた分厚いアルバムが抱えられていた。
「これを見ろ」
開かれたページには、十数年前の古い日付が印字された写真が並んでいる。
「お父さんと、お母さん……? それに、この小さな子供たちは……」
「こっちが俺で、こっちがお前だ」
お兄ちゃんが指差した写真には、間違いなく、若い頃の父と母、そして幼いお兄ちゃんと、赤ちゃんだった頃の私が、一つの家族として笑顔で写っていた。
「で、でも、私たちはお互い連れ子で、3年前に再婚して……苗字がたまたま同じだったから……!」
混乱する私に、お兄ちゃんはいつもの淡々とした声で、容赦のない事実を告げた。
「お前、親父とお袋が『再婚した』なんて一言でも言ってたか? 『仕事の都合で、しばらく別々で暮らしてただけ』って俺は聞いてるぞ。お前が小さすぎたから記憶になかっただけで、俺たちは正真正銘、血の繋がった兄妹だ」
「………………は?」
頭の中が真っ白になった。
同じ苗字だったのは、偶然でもなんでもない。実の親同士だったからだ。
じゃあ、3年前の『この人たちが、あなたのお父さんとお兄さんよ』という母の言葉は、新しい家族の紹介ではなく、『長らく離れ離れだった本当の家族との再会』だったということ……!?
「そ、そんな……」
ベッドの上にへたり込む私。
じゃあ。
じゃあ、私のこの気持ちは?
何年もかけて膨らませて、さっき決死の思いで告白した、この初恋は!?
(うそでしょ……! お兄ちゃんにあんな事言っちゃって、これから私はどうしたらいいの!?)
蛍光灯で明るく照らされた私の部屋には、完全に詰んでしまった私の、声にならない絶叫だけが響き渡るのだった。
続く!




