第10話 電車で
カラオケからの帰り道、私はお兄ちゃんと一緒に帰りの電車を待っていた。
待っている間、私は密かに新しい作戦の火蓋を切って落とす。
(ふふふ、電車の揺れを言い訳にして、お兄ちゃんに思いっきり抱きついて胸を押し当ててやるんだから……!)
外ならではのパブリックなハプニングを期待して、お兄ちゃんの近くに立って作戦を実行しようとした――のだが。
車内は拍子抜けするほどガラガラに空いていて、私たちは何事もなく難なく席に並んで座れてしまった。
作戦、開始前に強制終了である。
(むぅ……まぁ、座ってのんびり帰るのも悪くないか)
そう思っていたのも束の間。
次の駅に到着すると、そこそこの人数の乗客がどっと乗り込んできた。
座席が埋まり、私たちの間にも隙間がなくなる。
自然と、お兄ちゃんの肩と私の肩がピタッと密着する状態になった。
(……あ、これ、逆にチャンスじゃない?)
私のラブコメ脳が瞬時に切り替わる。
疲れて眠ってしまった女の子が、男の子の肩にコテッと頭を乗せる……これぞ王道の胸キュンシチュエーション!
「ふわぁ……眠い……」
私はわざとらしく小さなあくびをして、そっと、隣のお兄ちゃんの肩に頭を乗せてみた。
さあ、どうするお兄ちゃん! 妹の頭の重みと髪の香りに、今度こそドキドキしなさい!
すると。
ストン。
お兄ちゃんの頭が、私の頭の上に乗っかるようにして、ゆっくりとこちらに寄ってきた。
(えっ!?!?)
私の身体がカチコチに強張る。
何これ。
お互いに頭を寄せ合って、寄り添うように座るこの体勢。
チラッと前を見ると、向かいの席の人たちが「あらあら、仲の良いカップルね」というような生暖かい視線をこちらに送っている。
(や、やばい……! これじゃ、周りから見たら完全にバカップルじゃないのーっ!!)
一気に顔が沸騰する。
触れ合っているお兄ちゃんの身体に、私の心臓の鼓動がそのまま響いて伝わってしまうんじゃないかと思うほど、胸がバクバクと鳴り響いている。
どうしよう、どうしよう。
お兄ちゃん、今どんな顔してるの?
「あ、あの……お兄ちゃん……?」
流石にこの尋常じゃないドキドキに耐えきれなくなり、私は蚊の鳴くような声でお兄ちゃんに声をかけた。
上を向いて、お兄ちゃんの顔を恐る恐る覗き込む。
「……すー……すー……」
(こいつ、寝てやがるーーーーっ!?!?)
そこには、これっぽっちの邪念も動揺もない、完全なる熟睡モードの無表情があった。
ただ単に、電車の揺れと心地よさに誘われて眠りこけ、物理的な重力に従って私の頭に寄りかかってきただけだったのだ。
「…………っ(怒り)」
結局、今回も一人で勝手にドキドキして、勝手に自爆しているのは私だけ。
あまりの理不尽さに、フツフツと怒りが湧いてきた。
ちょっとくらい仕返ししてやらないと気が済まない!
ちょうど次の駅に到着し、ドアが開いた。 乗ってきたのは、一人の優しそうなおばあちゃん。
「あ、おばあさん、ここ空いてますよ。どうぞ!」
私はお兄ちゃんの頭を支えていた自分の頭を、パッと素早く引き離して立ち上がった。
ガクッ。
突然の支えを失ったお兄ちゃんの身体が、一瞬、大きく横によろめいた。
(ふん、ざまあみなさい! びっくりして目が覚めるがいいわ!)
そう思ったのも束の間。
お兄ちゃんはガクッとよろけながらも、そのまま反対側にある電車の壁に向かって、ごく自然に頭をコテッと寄せ直した。
「……すー……すー……」
そして、何事もなかったかのように再び心地よさそうな寝息を立て始めた。
「あー、もう! 何なの何なのーーっ!! どこでも安眠できる体質か!!」
席を譲って笑顔で座るおばあちゃんの横で、私は吊り革をギリギリと握りしめながら、今回も綺麗に流された悔しさに一人で身悶えするのだった。
続く!




