相棒
「ヴァル様。行ってらっしゃいませ。」
出席した使用人一同が頭を下げるがそこにシエルの姿はない。
「あぁ。行ってくる。ルナ、父さん。頼みました。行ってきます。」
一歩一歩を踏み込み馬車への階段を登る。
入口を潜る前、足が止まる。
「シエルをよろしく頼む。」
——
車窓から流れる景色は三度目だ。
シエルなしでこの景色を見るのは初めてだ。
「はぁ。」
昨晩の言葉が頭に残っている。シエルの悲しそうな、でもどこか諦めたような顔。
彼女がする言動に悪気はないにせよ一挙手一投足がヴァルの心を蝕んで行く。
なんとも形容詞がたい気持ちがヴァルの馬車での時間を消していく。
頭の中の時間は車窓の流れより遅い。
(こういうときには毎回シエルがそばにいた。)
しかし、今日の出立にシエルはいない。いるのは馬車を走らせる護衛の兵士二人。
——
様々な考えだったり感情が頭をたくさんよぎった馬車の旅は今日で最終日にさしかかった。
ここ2日間でヴァルは新しい答えを出した。
(シエルの腕は俺が過信してしまった結果だ。俺はこれを成長の糧にして、いずれシエルの腕を元通りにするんだ。そうすればきっと俺の罪悪感は晴れる。)
罪悪感を晴らすために一番良い方法はやった罪を自分で挽回することだということに気づいたのは今が最初ではないがヴァルにとってはまるで世紀の大発見のような気分だった。
徐ろにに荷物をゴソゴソと漁る。出てきたのはエリシアから送られてきた。
何度と見返したもの。オズヴァルドの側室として式をあげる縁談がまとまりを見せているようだ。
「シエルからエリシアまで。なんで俺の周りはこんなことに。」
(だけど、ここからだ。全てを解決した暁に俺はこの世界を謳歌できるはずだ。)
(それまで俺ができることは努力だけだ。)
——
道の先に見えるのは王都の城壁。
2週間前のような清々しさはない。
むしろこの王都が醜く見えて仕方がないのだ。この城壁の奥では貴族が巻き起こす泥臭い戦いが熾烈なものになっているのだろう。
(まぁぶっちゃけ男爵の俺には関係のない話だ。)
門を通り抜け、見慣れた街を抜ける。
丘を上り白い門が前に構える。
見慣れた純白の門、そう魔法学校だ。
「ヴァル様、到着いたしました。お降りください。」
「あぁ。ありがとう。」
そうして馬車は来た道を戻り去っていく。
「さて、参りましょうか。しばっていくぞ。」
——
「レイモンドさんはおられますか。」
レイモンドの書斎の扉の前に立つ。
「誰だ?」
「ヴァレリウス・シルバリオンです。帰省から戻りました。」
「おぉ。ヴァレリウスか。入れ入れ。」
扉を開けた先には上機嫌に微笑むレイモンドがいた。
「大体二週間ぶりだな。ヴァレリウス。」
「はい。そうですね。それでなんかエリシアの婚姻の話がどうだとかで。結局俺はどんな立ち位置でヤッてけばいいんですかね。決まり次第今日から働くつもりです。」
レイモンドの顔が少し明るくなったかと思えば少し悲しそうな顔をした。
「とりあえず、そのまま魔道具開発を頼みたい。それとそのエリシアの件は残念だったな。」
「はい。まぁそうですね。優秀な相棒がいなくなって悲しいです。」
無意識に肩を落とす。
「まぁそう落ち込むな。そういえば王様はお主らが作ったものに興味を示さなかったが第一王子はお気にめしたらしく、ヴァレリウスかエリシアのいずれと会いたがっていたぞ。」
「そ、そうですか。」
(そうなんだ。まぁでも...。知らね。)
困惑が残ったもののいいだろう。
なにかに気づいたのかっはとする。
「こうしてはいられない第一王子に早くヴァレリウスの帰還の旨を伝えなくては。」
駆け足でドアへと向かう。
「あぁそうでした。実験室はいつものとこを使ってください。と言っても見覚えはあるかはわからないですが。では、失礼。」
(実験室ねぇ。)
書斎を出て実験室へと歩みを進める。その足取りは憂鬱そのものだった。
実験室のドアノブに手をかける。
捻ろうと力を込めるが捻れない。怖いのだ。
今までに感じなかったエリシアの喪失感、それを目の当たりにするのが怖いのだ。
(できるのならこのまま現実逃避をしたい。一旦、死んでリセットしたい。逃げたい。)
「逃げたい」の一言は手をひねる。
ガチャリ。
幾度となく開いたはずのドアは低くしかも大きい音でギギと開いた。
目をつむりながら入る。
(怖い。そむけたい。目の当たりにしたくない。俺は失いたくない。)
(逃げちゃだめだ。目を開けろ。開けるんだ。ここで背けるほうがもっと恐ろしいぞ。)
視界に白い光の筋が入ってくる。
眼前にあるのは実験机、整理された棚、積まれ整頓された資料。
左を見る。棚が見える。中のものは寸分違わず、2週間前と配置すらも変わらない。
逆にそれがヴァルを更なる恐怖へと陥れる。
まだ見ていない実験室の右隅、そこには二人のデスクが置かれているはずのところ。
(見れない。見たらそれで終わりな気がする。)
全身を悪寒が走る。
(見なきゃだめだ。ほら右をむくんだ。)
葛藤。その熟語でしか表せない。
(ごらいくぞ。3、2,1。)
意志とは反対に首も目も動かない。ただある一点を見つめるのみ。
(やるって決めたんだ。だから、)
全身が硬直する。
(だから。俺は背けないんだ。)
風を立てて振り向く。
そこにデスクは一つしかなかった。交わした会話。交わした考察。全てが脳内に瞬時流れてくる。2週間前まで当たり前だった日常が二週間にして崩壊した。
抱いていた一抹の希望は粉塵へと変わった。
「あ、あぁ。」
どこか納得した声を漏らす。
「あぁ。そう、だよな。」
視線を落とす。涙がこぼれそれが地面に当たる。
「ははは。なんでだよ。なんで、努力してたのにこうなるんだよ。」
「まるで俺が馬鹿みたいじゃないか。前世のことを振り返ってさ。頑張って努力して逃げないでって決めてこの人生では後悔せず頑張って生きようと思ってたところにこれはあんまりじゃないか。」
数刻の沈黙が実験室を支配する。
「もうどうでもいいや。」
壊れた笑みを浮かべながら天井をまるで天を仰ぐように見つめる。
視界の端にある本が写る。
(ん。なんだ。)
残されたデスクの上に置かれた本は一緒につけようと決めた交換日記だった。
(今更なんだよ。)
手にとっていつもの感覚で開く。
そして最新のページを開く。
「は、なんだよこれ。」
そこには置き手紙のような文章が書かれていた。
{ヴァルへ。この文を読んでるってことは今頃絶望に打ちひしがれてるころね。そんなあなたに朗報よ。実験室の全ての権限をあなたに譲渡するわ。喜びなさい。それと悲しいお知らせはこの日記はここで終わりということよ。共同開発のためにつけ始めた日記は三年で終わっちゃったわね。けど、私は嬉しかったわよ。ヴァルと一緒に研究で私は色んな知見を広げることができたわ。しかも、ヴァルとの思い出が1番心に残ってるわ。あのオズヴァルドの側室になるだなんて私は思ってなかったわ。あのキモいおっさんと生活すると考えると吐き気がしてくるわ。
長過ぎるのも問題だし、ここに吐瀉物を吐くのも品がないからここらへんでやめるわ。
最後に
これだけは伝えたい。私はオズヴァルドとなんかと結婚したくない。私が好きなのは。天災魔法使い、ヴァル。あなたよ。来世でまた出会えたらその時は結婚しましょ。」
その手紙は10歳っぽい文章だった。
まだ大人のことを知らない純粋無垢な手紙だった。
全てを知り尽くすヴァルからしたらとても悲しく哀れな文章だった。
これから起こる壮絶な生活がどんなものかどうかもしらないのにも関わらず少しの期待を抱いてるのは文章から少しうかがえる。
確認のためにページを捲る。
あるフレーズが記されていた。
「好きだったよ。ヴァル。」
突然部屋がノックされて声をかけられる。
「ヴァレリウス、レイモンドだ。第一王子が応接したいとのことだ。出てこい。」
人間ってあったものを失うのが1番怖いんですよね。
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(モチベ不足)




