巨星墜ちる
1942年6月10日 ベーレン・・メーレン軍管区 プラハ
一人の婦人がハンカチで涙を拭きながら一通の手紙をソファで読んでいた。
すぐ横には黒い葬儀用の服を着た男の子と女の子が坐っている。
「総統からのお手紙よ。パパがどれだけ立派だったのか覚えときなさい。」
そう言うと彼女は震える声で音読し始めた。
「この度のご主人のご不幸について、心の底より憤りと悲しみを禁じ得ません。無法にも彼を奪った英国スパイとゲリラには相応の報いを味わせるべく犯人逮捕に国家の全精力を上げています。もちろん彼を失った悲嘆は、まるで減ることもないのですが、国家の安定のために全力を尽くしてくれた「ラインハルト・ハイドリヒ親衛隊大将」としての彼であればそれを望まないはずがないという確信のみが私を今突き動かしています。
彼は未来の私の後継者としてふさわしい人格と力量を示し続けてくれていました。
不正を憎み平等を与え、腐敗と怠惰は排除する。
その力量でチェコスロバキアとして無法と混乱を極めた地域を5000人ほどの拘束と500人の排除で混乱の目を詰み、市民に正義と良い待遇を与えることでベーレン軍管区に平和と繁栄をもたらしてくれました。
軍管区の住民が彼をどれほど慕っていたか、護衛も無しでプラハ市庁舎に通勤する彼を毎朝送っていたあなたにはよくわかっていたと思います。贅を求めず公正を行う。
まさに彼は市民も知る、人々の指導者に足る人物でした。
それゆえに憎き敵も彼を疎ましく思い、一王国が無法なテロリスト集団と化してまで彼を攻撃したのです。
同じように国を預かる身として手を出してはいけない禁断の領域に連合国は手を出したのです。
さすがにそこまで連合国が血迷っているとは思いませんでした。
この不覚は誠にもって高い代償をドイツから奪っていきました。
ラインハルト・ハイドリヒは全身が金より貴重で高価な存在であることを証明してくれました。
今後は彼の代わりにドイツ連邦があなた方家族を庇護します。
いつでもご連絡ください。
国家として最優先で対応することをお約束します。
彼という存在に比べれば実につまらない、物質的な物しか与えらないのですがドイツ連邦の総統としてもそれだけしかできないほど立派な男でした。
国葬の際にお会いできるのを待っています。
1942年 6月6日 ミュンヘンにて アドルフ・ヒドラ―」
1942年6月12日 オーバーザルツブルク ベルクホーク
沈鬱な顔を突き合わせた小父さん二人が言葉少なげに話し合っています。
一人は風船のような体型をしたゲーリングさん。もう一人がチョビ髭の総統さんです。
ラインハルトさんが殺されたことで二人とも相当参っているようです。
「ヘルマン、この後の対策はどうなっている?」
「連合国の諸君はチェコスロバキアで民族戦争を起こしたいようだ。少なくとも彼らにとって主な敵はドイツではないが国が荒れ、荒廃するのは明らかだ。最小限の出血で治めてくれたラインハルトの代わりはいない。」
「まったく亡命チェコスロバキア政府のくそ野郎が、自国の人間を自分らが治めていていた時と同じ無政府状態に貶めようとするとは……いやイギリスの悪魔か」
「彼らに人権とか繁栄という思想はない。少なくとも連合列強国内向け報道以外には。せめてラインハルトが護衛をつけるのを承諾してくれていれば……」
「ヘルマン、それとて難しいのは彼からの報告書があったろう。護衛をスラブ人から選ぶかクロアチア人から選ぶか、スロバキア人から選ぶかだけでその民族間での殺し合いが始まる地域だ。
ドイツの統治が公正であることを示すために、彼は誰も警護に選ぶことができなかった。おかげでオープンカーで毎日市民に姿を見せることで信用を与えていたなんて統治者としては胃に穴が開きそうな状態だ。」
「ひどいものだ。それだけの鋼鉄の心臓の持ち主が一切妥協せず、500人の銃殺5000人の拘束、それだけ民族主義者達を手にかけて、ようやく市民に平和を享受させた瞬間に、これだよ。正直、総統あなたが暗殺された方が後かたずけは楽だったよ。」
「ゲーリング総統の誕生かい?」
「いやラインハルト総統、ゲーリング国家元帥の組み合わせでそこそこいけると思うのは自惚れかな?」
「いや、ラインハルトの伸びしろを考えれば妥当な組み合わせだろう。それにしても惜しい男を失った。」
「ともあれ武装親衛隊を1個師団ほどメーメルに動かすぞ。年齢性別関係なく亡命政府関係者・親類含めて狩りだして生贄にしないと暗殺で怒り狂った市民達の気が治まらない。」
「ラインハルトの代金としてはチャーチルでも貰わないと釣り合わないがあの地域を放置するわけにはいかない。徹底的にやれ。」
今日は英国を連想させるものは一切出すなとの命令でしたので、コーヒーとアクアビット、ケーゼシュペッツレ(パスタのチーズ焼き)クローセ(ジャガイモ団子)にロートコート(赤キャベツ巻の酢漬け煮)とレバ―パテすらない総統向けのドイツ料理です。
かなりゲーリングさんは物足りなかったでしょうが、故人を偲ぶということもあって嬉々とした表情ではないのでちょうどよかったようです。
それにしてもラインハルトさんをそこまで総統さんとゲーリングさんが評価していたとは意外でした。
寝室で聞いてみると彼以上に民族紛争地域を治めることができる人物は今後100年は出てこないという評価で、人間的にもスパイ小説を実現したらどうなるかを試して売春宿を作ってみる茶目っ気もあり、6フィート越えの高身長と美男と話しているうちに、自分と比較してしまったようです。思わず抱きしめたくなるほど情けなさそうな顔になっていました。
こういうところが好きなんですけど、話したら嫌がるだろうな思うと離せないので恋人らしい行動で返事するしかありません。
枕もとのライトを消しました。




