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オーストリア生まれとプロイセン人

 1939年3月22日 リトアニア メーメル


 今日3月22日はメーメルが住民投票でドイツに所属することになった記念すべき日だ。

 それを祝うためにドイツ総統のこの身で直接訪問して祝いを述べ、演説をする必要があった。

 メーメルは世界大戦で連合国の干渉でリトアニアに奪われた港町である。

 そしてリトアニアに他には港町はない。

 それはメーメルを支配する者がリトアニアの貿易を支配するということと同一の内容を持っている。

 リトアニア全土から集められた商品は、この石畳がしっかりし運河の入り組んだこの街からバルト海を経て欧州中に輸出されていく。

 主要な輸出品は木材なのだが、これを運ぶために周辺には鉄道が敷かれ、馬そりが冬季でも街に丸太を積み上げていた。

 変わりに欧州からは食料や衣類、金属製品が運び込まれてくる。

 この貿易品の関税をドイツが決めることができる。

 これはリトアニア全土を占領するよりも効率の良い統治方といえるだろう。

 メーメル自体は大戦前までドイツ領であるから他国の批判も少ない。

 何しろドイツ騎士団の植民が起源になるほどのドイツ人の街だ。


 ドイツにとってもバルト海をはさんでいることから、ドイツ海軍の訓練の寄港地、通商路の確保、的通商路の妨害作戦展開時の母港と、いくつもの役目をかねることができる地理的条件を備えている。

 そんな要衝をようやく支配することができるようになったのだ。

 ここまで来るには金食い虫の海軍の拡張による海上戦力の充実によってメーメル市民を納得させる必要があった。

 ようやくその下工作は終了しメーメルはドイツ連邦に鞍替えを決意させた。

 今回も歓迎式典にドイッチェランドとグラーフシュペーの2隻のポケット戦艦を来艦させることで改良ディーゼル機関の運用試験と市民の戦意高揚を同時に行っている。

 さすがにシャルンホルストやビスマルクは費用がかかりすぎて派遣を中止せざるを得なかった。

 とはいえ十分な効果を得られた。

 これでメーメル自体は金の卵を生み出す鶏の地位を確保できるだろう。

 私の演説で熱狂が高まって行くメーメル市民をドラマ劇場のバルコニーで見ながら、ふと通り抜けた3月の冷たい風にビアホールで声を張り上げていた頃を思い出した。

 我が愛しき姪よ、君に失った代償は大きく、得られたものは少ない。


 1939年 8月11日 ベルリン 総統官邸


 今日法務省から「生きるに値しない命の根絶」の法案が上がってきたが不認可を伝えた。

 この法律の原因というのは昨年末からクナウアーという障碍者の父親がアーリア民族の劣等血脈の自分の息子に慈悲死を与えるように直接接触してきたことである。

 その請願にフィリップ・ボウラー官房長と親衛隊軍医のカール・ブラントが関係したことで話が大きくなった。

 本来ならばその父親の育児放棄を是認する必要はまったくないのだが、ボウラーが国の政策として障害者の遺棄による優劣民族の選抜を行うことは、アーリア民族ですら自己努力で血統の向上を図っているものとして大々的に宣伝できると考えたらしい。

 まったくバカバカしい限りである。

 何を基準に慈悲死を与えるのか。

 たとえば目が見えないもののと声が出せないもの、どちらに死を与えればいいのか?

 あるいはそれが戦闘による後遺症だった場合にはどう判断するのか。

 人間が決めるには不遜な内容を伴っていると考えざるを得ない。

 昔前線の塹壕でフクスルという拾ったテリア犬を飼っていたが、芸をして精神を休めてくれただけでなく、最後には危険を感知して私を砲撃から救ってくれた。

 自分が変わりになって死んでしまったが、もし上官に芸をするだけの犬ならを殺せと命令されていれば、あの時に死んでいたであろうことを考えると人間の生死は最後には神にゆだねなくてはいけないと信じている。

 とはいえかの父親の請願が耳障りなことは変わりない。

 フィリップ・ボウラーとカール・ブラントに全権委任してしまおう。

 彼らが人の命の重みを知っているなら正確な判断をしてくれるはずだ。


 1939年 9月 1日 ベルリン 総統官邸


 今日叔父さんはボウラーさんとブラント医師にに「慈悲死に関する責任と権限」を委任する日付の入ってない秘密命令書を手渡しました。

 叔父さんの思いは日付がはいってないことで明確なのですが、命令の実施については完全に一任することで、最悪中止しても良いという判断でした。

 しかしオーストリア生まれの叔父さんはプロイセン人の悪癖を明確には理解しきっていなかったのだと思います。

 プロイセン人の悪癖とは完璧主義。

 自分達の血統に残る劣等因子を見なくて済むのなら、それを消してしまい真っ白な表面を作り上げるためなら、汚れが人間的な何であろうと汚れとしか認識しないで済ませることができる人たちなのです。

 そういった人々にとって日付の入ってない秘密命令書は、その準備を十分に整え、大々的に行うように命令したと判断されるのです。

 ティーアガルテン通り4丁目に本拠を構えると、実施部門・輸送部門・財政部門を官僚らしくテキパキと立ち上げ、中枢部門は労働共同体というカモフラージュ名の下、各部門を隠蔽・運用を行っていました。

 それこそ叔父さんにもわからないような完璧なカモフラージュにより、数万人単位の精神病患者と診察された人たちまで安楽死が行われるようなシステムが速やかに構築されたのです。

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