戦争計画?
1937年11月5日 ベルリン 総統官邸
この日の会議は午後4時過ぎに始まりました。
出席者は7名 国防大臣 陸軍総司令 海軍総司令 空軍総司令兼航空大臣のゲーリングさん
外務大臣と 叔父さんの個人副官のホスバッハさんです。
会議の目的は国内の軍備拡張に伴う国内資源分配に関する会議だったはずです。
私がかろうじて理解できたのは陸軍と海軍の間で鉄鋼が不足しているので分配量を決めようというものでした。
国内の資源の不足は大きな問題になっていて、そのために輸出用の機械が作れないので外貨が不足していると叔父さんにシャフトさんが相談に来ていました。
民間でも鉄鋼は逼迫しています。
中立国のスウェーデンを通じて大規模に輸入していますが焼け石に水の状態です。
外務大臣が含まれているのはその辺もあるのでしょうか?
会議が始まって第1声が叔父さんから始まりました。
「これから話すことは重要すぎて閣議にかけることすらできない。自分に不慮のことがあった場合にはこの原則にそって勧めるようお願いする。遺言と思ってもらいたい。」
叔父さんの言葉は明らかに出席者にとっても意外なもので、表情が厳しく引き締まりました。
「ドイツ政府の目標は民族共同体8500万人の安全・維持とその拡大である。しかして国内開発による自給自足や通商による改善を図ってきたが、その結果が現状である。」
このあたりは昨年のニュルンベルク党大会で発表された第二次4ヵ年計画の全否定です。
確かに閣議で話せば大問題になるでしょう。
「故にとるべき手段は東方生存圏の獲得である。ヨーロッパでも西部は一部の隙間もなく割り当てられ、それを覆そうとすれば必ず英仏が出てくるであろう。故にチェコ・オーストリア・ポーランドについて入手する必要がある。植民地は主要な拠点はすでに前大戦で失った上に海を英国が押さえている以上現実的ではない。東欧を治めスラブ人を1000万人も追い出せばドイツ人の領域は確実に広がり安定して成長できるだろう。」
それからあと叔父さんはそれぞれの国々へ侵攻したときの利点と注意点・国際環境を挙げていきました。
「次に侵攻開始の時期だが軍備拡張で入手した優位は1943年から1945年までには他国が追随してくることで失われるだろう。それまでに開戦しなくてはならない。」
その約1時間半の演説の後、各出席者から賛成反対意見が多数上げられ、それについて回答や代案の提示等が指示されたあと本来の会議の題目であった国内資源の分配について議題が移りましたが、叔父さんの演説のせいでどのように分配すれば、最速で計画が仕上がるかという有意義な会議になったのは皮肉というか、最初からそれを狙っていたのかというか?
ただ全ての会議が終わって叔父さんが一人になったあと、ソファーに座りながらぼやいた一言。
「時間が時間が足りない。時間は敵の味方であってドイツの味方ではない。共有できそうなのはゲーリンクだけか……」
叔父さんの中でドイツと英仏の競争はすでに始まっており、全てが連合国が有利な環境でいる。
唯一の利点が政治と社会の安定性だけだが、これすらも安定しているうちに改善しなくては徐々に不安定にならざるを得ない。
「貧乏人と金持ちの戦いは妬みや僻みでは戦えない。人間としての意地で戦わせなくては。そして意地を発揮させるには人々に最低限の生活環境は維持しなくてはならない。」
そこで疲れたように一旦視線を下げると、壁に沿って視線を上げました。
「しかし意地だけでも金持ちには勝てない。勝てそうなハッタリで小銭ををはやく作らなくては」
そう呟く叔父さんの目は壁に貼られていた地図のウィーンの部分に注がれていました。




