鳩の写真とコンドルの鳴き声
1937年 8月14日 オーバーザルツブルグ ベルクホーク
総統さんは来客を迎えて上機嫌で話をしています。
今日の来客は映画監督のレニ・リーフェンシュタール様 オリンピック初の記録映画であるオリンピアを編集中ですがパイロット版でもすばらしい映画に仕上がっていました。
昨年のオリンピックはドイツは金メダル33個、銀メダル26個、銅メダル30個とメダルラッシュに明け暮れました。
ドイツ国民の高揚はいうまでもありません。
その記録映画はすでにオリンピック前から計画され、レニ監督にはゲッペルスさんよりも強いくらいの撮影許可権限が与えられました。
そのため政治色がやや薄く、肉体の躍動と決着の瞬間にテーマを当てた記録映画の最高傑作を目指しています。
当然映画フィルムでは技術的に難しい一瞬の切り取りの表現について、再現シーンを撮影するとか、勝負の瞬間に光のコントラストを強くするなど美しい画面を描こうとレニ監督はさまざまなアイディアで虚実入り乱れた画面で現実の衝撃を強く搾り出そうとしています。
そういえば総統さんはラジオ演説が不得手だと思っています。
それで遥か極東の国のラジオアナウンサーが水泳で叫んでいた「マエハタガンバレ・マエハタガンバレ」の繰り返しコールについてはオクターブとリズム感を褒めていました。
ともあれオリンピックも終わって、ここ1年は総統さんがベルクホークに泊まっている期間も長くなりました。国内も大きな問題も起きてませんし外国も落ち着いているようです。
平和な社会がようやく戻ってきたようです
1937年 9月15日 オーバーザルツブルグ ベルクホーク
まったく世の中はままならん。
オリンピックの成功が吹き飛ぶほどに状況は悪い。
スペインに派遣したコンドル義勇軍とその補助部隊の実践レポートがあがってきた。
結果は辛勝だが、この結果はコミィたちの無能によってめぐんでもらったに等しい。
コミィたちは軍人の命令を兵士が聞かず兵士達が独自の判断で行動を起こす等、指揮系統がめちゃくちゃになっていた。
それでも圧勝できないとか、信じられないほど優秀な兵器をソ連は開発したようだ。
まずは地上軍、ソ連が開発したT-26という戦車は戦車戦ではほぼ無敵を誇ったらしい。
送り出したのが1号戦車3個中隊100両で機関銃しか搭載できないこともあってT-26は撃破不可能で一方的な獲物になったようだ。
対抗手段が対戦車砲と火炎瓶しかなく、作戦的には88ミリ対空砲でも撃破したようだ。
これを受けて対空砲と対戦車砲の統合を考える一派も出たが、コストと重量が違いすぎる。
運用上頻繁に移動するため軽量化が必須の対戦車砲と拠点防衛用に発射速度と命中精度を上げる必要がある対空砲は両立を目指すと高く脆弱な兵器になることがわかってきた。
対戦車砲37mmPak36の運用でT-26でも700~800mの距離で撃破できたことから3号戦車の配備を急がせることが対応になるだろう。
問題は空の方が多い。
複葉機のHe51だがソ連のI-15と単葉機I-16の前に運用が極めて限定されたと報告されている。
つまり手も足も出なかったということで、対地支援射撃程度しか役に立たず、かろうじて昨年末に送り込んだBf-109B3機が明るい希望(エース誕生)を挙げているくらいで、旧型になった機体の運用については絶望的な報告になっている。
旧型になった機体をどのように運用するのか、あるいは敵に比して旧型にならないように開発しなくてはならない重要性、このあたりを空軍は考えなくてはならない。
今回の内乱は戦争についても非戦闘地域という存在がありえないということが戦訓として上がってきた。
これは、同一家族が反乱軍と政府軍に分かれ、家庭そのものが戦場になる例が多発した。
戦争法自体でもうまい判例が存在しないことから、戦場と非戦場の境が曖昧になることが予想される。
唯一わかったのは都市爆撃の有効性で、ゲルニカという都市を爆撃した結果、僅か24機の旧式爆撃機で流通・移動の主要都市を無力化することができた。
これらの戦訓は脳内に東方生存圏という概念を生み出し、ドイツ・ソ連国境周辺に友好的な地域を作らないとドイツ国民の安全は保たれないことになる。
仮に塹壕で国境を守っていても思想での浸透や航空爆撃には無力なのだ。
よって国防軍は機動的に敵性地域を蹂躙する能力が必要であり、機動性と衝撃力を両立することが必要である。
スペインのすっきりしない戦果を念頭にしながら午後のコーヒーを片手に内閣回覧用の資料を作成した。




