禿山の一夜の始まり
1935年 3月15日 オーバーザルツブルク ベルクホーフ
総統さんが再軍備計画を公表する前後から、私の住むヴァッフェンヘルトハウスも大規模な改修が進められています。
以前にガレージを追加したのですが今回は母屋の面積を倍以上に増やす大改修です。
それに伴い周囲のオーバーザルツブルクの土地もボルマンさんの仲介で売買が進み、ナチス党幹部のコロニーのような状態になってきました。
今度の改修は全面改築とも言えるもので母屋の雰囲気がまったく変わることからベルクホーフと作業員が呼んでいます。
住むほうとしてはありがたいのですが?母屋の壁も分厚くなり、ガラスも2重になる等、保温性が物凄く改善されています。
それには本来反対する要素なのですが窓ガラスを開けると涼しい風が入り込んでくるように設計されており非常に住みやすくなりました。
少し疑問なのは壁の中を何本も電話線や電線が埋め込まれてあり、電話の交換台まで備え付けてあることです。
いったい総統さんは電話を何本同時に使うつもりなのでしょうか?
改築が進んで行くにつれ総統さんがスケッチで書いた館にどんどん近づいていきます。
内部の作りについても水彩のスケッチで描かれた絵そっくりに仕上がっていきます。
総統さんは自分の絵を元に建築が仕上がっていくのに上機嫌です。
最近は建築家になればよかったな、と冗談を言うこともあります。
ともあれあの写真館に来た小父さんと、こんな関係になっているのは自分でも不思議ですが彼が笑っていると自分も幸せになります。
周囲も少しは二人の仲を認めてくれるといいのですが……
1935年 3月16日 ミュンヘン 褐色館(ナチス党本部)
今年の1月にはザール地方が15年の国際連盟による管理下の期間を終え、住民投票でドイツへの併合が決まった。
炭鉱の多いザール地方は国境を接するフランスと経済的な繋がりが強かったが、歴史的に紛争地域であること。
それと世界大戦後のフランス優遇の施策が住民の反感を煽った結果だ。
とりあえず、ドイツへの併合は今月1日に国際連盟で認められた。
ザール後方に建設中の野戦陣地群はザールを守るためにフランスに近いところに掘り直す必要があるだろう。
それにしても共産主義者の摘発が思ったより進んでいない。
ユダヤ系ドイツ人の検挙数が思ったより多い。
拝金主義者のユダヤ人と、その特権にあり付けなかったユダヤ系ドイツ人の反感からの宗旨替えが、どうも根本にあるようだ。
とはいえ親族が捕まるのを良しとせず援助するユダヤ人も後を立たない。
だが、ワイマール憲法が足かせになって関係者への追求は鈍らざるを得ない。
そろそろ、共産主義者のユダヤ人を纏めて東欧にでも放り出す手法を考えたい。
ニュルンベルクの党大会の後でユダヤ人に関する立法を考えよう。
そのあたりはシャフトやゲッペルスと相談して必要かつ穏健なもので纏めたい。
自らドイツを去ってくれればいいのだが、ポーランドもオーストリアもドイツ以上に市民の迫害がひどい。フランスやイギリスもドイツと五十歩百歩だ。
そのせいで外国籍のユダヤ人が流れ込んでくる。
この流れを食い止めないと、共産主義の運動家が紛れこんでくるのを防ぐことはできない。
それと今はソ連と内密の軍事協定で兵器開発を行っているが、そろそろ引揚げさせよう。
共産主義は間違いなく敵だ!
他でも兵器開発の抜け道ができてきている。
シャフトは再軍備を景気の起爆剤にするつもりらしい。大いに結構。
現在の10万人から50万人への増員も手はずが進んでいる。
本日付けでヴェルサイユ条約の破棄を決めた回覧板を回した。
ついに戦後体制の総決算である。




