巨星墜ちる
1934年7月31日 ベルリン 大統領公邸
大きな天蓋付きのベット、その中央で一人の老人が静かに眠っています。
さきほと叔父さんがやってきて老翁の危篤を確認すると、考えこみながら外に出ていきました。
ベットで眠っているのはパウル・フォン・ヒンデンブルク、長い間この国を支え続けた英雄です。
枯れ切った小枝のような体の、彼は右手に金の懐中時計を握ったままで昏睡に陥りました。
声はもう出せませんが唇は「エリーゼ様」そう動いていました。
エリーゼ様というのは前プロイセン王妃のエリザベート様のことでしょう。
士官学校時代に彼女の近習を務めて懐中時計を賜ったと聞いたことがあります。
今握っている懐中時計がそうなのでしょう。
すでに70年前の時計です。
よほど大事にしていたのでしょう、今も秒針が刻む正確な音が部屋に澱のように沈んでいきます。
ヒンデンブルクさんは頭が切れるというよりは信義をもって人を従わせる風格をもっていました。
それは英雄になる前から変わりません。
世界大戦前に一度退役したのですが、世界大戦に当たって東部戦線に若き俊英のルーデンドルフ少将に軍団を率いるためにお飾りの軍団長として軍務に復帰するよう命令されます。
そして本人はそれに腐ることもなくルーデンドルフ少将が活躍できるようにお飾りに徹していました。
そして、作戦中に不確定情報でルーデンドルフ少将が動揺して失策しようとするときはそれを軍団長として取り上げないことで失策を阻止。
タンネンブルクの戦いでは二人のコンビが最良に働いた結果、約2倍のロシア兵を壊滅させます。
ロシア第2軍は20万人のうち18万人以上を、ロシア第1軍も15万人を失いました。彼らの率いるドイツ第8軍は15万人程度だったことを思えば驚異的な戦果でした。
その後、西部戦線が敗色濃厚になるにつれ戦意高揚のためタンネンブルクの戦いと勝利が喧伝されたことでヒンデンブルク大将は上級大将を経て元帥に昇進。
「タンネンブルクの英雄」「東プロイセンの解放者」として国民的英雄になりました。
ついには軍のトップ参謀総長になりますが、これも参謀次長になったルーデンドルフに軍を指揮させるためでした。
世界大戦終了の時には参謀総長で軍のトップだったのに、参謀次長のルーデンドルフがすべて作戦指揮していたのが公然としてため、次長が責任を取って辞職、ヒンデンブルク参謀総長も辞表を提出しますが皇帝に慰留されそのまま続投しています。
その後のドイツ革命のときにヴィルヘルム2世の退位、オランダ亡命を画策し、王家を残すべく全力で動きました。
その行動の奥底には王家の捲土重来による復活を夢見ていたようでありました。
そして今、王家の凱旋を待たずして道半ばで倒れようとしていますが、そのことは残った人間と王家のきめることと……満足そうな冥りにつこうとしている老人が目の前にいます。
自分の限界をわきまえ、他者の力を借りることを恥と思わず現実を見つめ続けた老人の本望は王家に使える騎士だったのでしょうか?
それを伝えることなく魂は天上に上っていこうとしています。
しかし彼という重しを失ったドイツは激動の時代に入ることを私は知っています。
なぜなら私はヒトラー総統の姪ですから。
ヒンデンブルクの人生ってドラマチックで小説にしたいほどです。
誰か書いてくれないかな?




