天使のリレー
1931年 9月17日
スケッチが終わった後、私は伯父さんを掻き口説こうと頑張りましたが、説得は向こうの方が上手く、色仕掛けも効きません。正確に言えば効果はありそうなのですが、誘惑に耐えるため部屋を出ようとしたので泣く泣く中止です。
今までの共に過ごした日々を話しショイブナー・リフターさんの犠牲に報いるべきという情理についてもその犠牲を無駄にしないためにより確実な方法を取りたい。といわれる始末です。
叔父さんの中では総統をやめて、ルドルフ・ヘスさんかヘルマン・ゲーリンクさんに今後を委ねるというのは既定事実のようでした。
何度、私が正式な結婚でなくても構わない、傍にさえ置いてもらえればそれでいいと言っても、
「断じて父のように女性に不誠実な人間になりたくない」この一言で返されるのです。
東の空が徐々に白み始めたころ、叔父さんは
「今日、ニュルンベルクに行って引継ぎの話を始めるために少し休んでおく」
そう言って自分の部屋に戻っていきました。
12才で叔父さんの世話を始め、10年近い日々が立っています。
いろいろな政治的な事件を間近で見てきました。
叔父さんが総統をやめれば、ルドルフさんとゲーリンクさんの間で覇権争いが始まるでしょう。
そしてどちらかが優勢になり劣勢になった方は叔父さんに助力を求めてくるはずです。
そうなったとき優勢の側は叔父さんの排除に出るでしょう。
いままで何度も見てきた暗殺や事故、もしくは逮捕、懲役が叔父さんを襲うのです。
生きているのが邪魔となれば懲役中の病死も有り得ます。
すでに手放して安全なレベルの権力ではないのです。最後まで持ち続け制御し続けないと自分を殺すことになるほど国会第1党の党首というものは重い権力を持っています。
部屋を出て叔父さんの部屋に向かうとそこには2名の親衛隊員が門番として立っていて、昼食まで休むので誰も通さないようにという命令を遂行していました。
私は最後の手段に出ることにしました。叔父さんと昼に大喧嘩して結婚を躊躇させることです。
好きな人と結婚できるのにそれを邪魔しようというのは、本当に辛いです。
でも叔父さんと過ごした日々がここで叔父さんが手を緩めたら、ドイツはバラバラになり、叔父さんの身にも危険が降ることを確信させます。
昼食時に乱入して自分の主張をぶつけました。叔父さんは困ったように苦笑しながら受け答えしています。
喧嘩をしようにも叔父さんは喧嘩にならないようコントロールしてしまうのです。
叔父さん曰く「すでに君の全裸を見た以上、純潔を奪ったに等しい。私はその責任を取りたい」
「ルドルフとゲーリングでは人望でルドルフ、ゲーリングは能力は高いが新参だ。二人は手を携えないと党運営は難しいし、引退した私にそんな殺す価値はないよ。」
「ナチスの党首は傷があってはいけない。ゆえに私が党首を去るのは正しい。」
「ここまでやったんだ。仕上げは他の人を期待してはいけないのかい?」
そうこうしているうちに叔父さんの出発の時間がきてしまいました。
「フラウ・ヒトラー、夫を笑顔で送り出してはくれないのかい?」
私は頬を涙で濡らした微笑みで送り出すしかありませんでした。
「私と叔父さんの間には共通点が何もないわ」
叔父さんの机の上にあった女文字の手紙を開けるとエヴァ・ブラウンからの手紙でした。
彼女の手紙は叔父さんへの偽装婚約を提案していました。
やっぱり、他の人にも私との結婚は致命的と思われてるんだ……
非常に悔しい思いが突き上げてきました。
叔父さんがここまで大物になる前に結婚していれば……姪でさえなければ……
目の前のエヴァの手紙は叔父さんへの助力を申し出たありがたい手紙なのですが、自分が手にできなかった晴朗な立場というのを見せつける物でもあります。
気づくと手紙に力を込め二つに裂いていました。重ねるともう一度……そこで自分が情けなくなりゴミ箱に放り込みました。
叔父さんへの助力を申し出たエヴァ・ブラウンという女性に本来は感謝しなくてはならないのですが、立場への嫉妬というのは消せませんでした。
私は家政婦さんへ部屋に戻って休むのでしばらく放置するように伝えると、ドアに鍵を掛けて机の引き出しから叔父さんにもらった拳銃を取り出しました。
デリンジャー25ACP弾仕様、2発の弾丸の入る護衛用のピストルです。
ハンドバックに楽々入ることもあって常に持ち歩いていました。
当然撃ったことはありません。
叔父さんからは威力が弱いので過信しないようにいわれましたし、護衛のイルマからは確実に殺したいなら口に突っ込んで発射してくださいとすら言われたことがあります。
銃を見ながら今までの日々を振り返るといつの間にか夜更けになっていました。
メモに「大好きな総統へ、みんなを助けてからゆっくり来てください」
そう書き残しました。
銃身をタオルで巻くと口に咥え
(叔父さん、お願い総統に戻って!)
強く念じながら引き金を押し込みました。




