大ドイツの天使
1931年 9月17日
夜、叔父さんがやってくるとイーゼルを立て、スケッチブックを置いた。
私がベットの傍でネグリジェの紐を解くとパサリという音を立て、下着を着けてない身体が現れた。
すると叔父さんから、時間がかかるのでゆったりベットに横たわるようにとの指示がきた。
見つめられていると思うと恥しくも嬉しい。
幸福な感覚が自分を満たしているのがわかる。
少しの間、部屋に響くのは鉛筆の音と二人の息使いだけになった。
それを破ったのは叔父さんの言葉だった。
「ゲリ、お前と結婚したい。」
その言葉に天国まで魂が吹き飛んだような幸せが私を訪れた。
だが続く言葉に懸念を覚えた。
「あと少しだけ待ってくれ。そうすれば党の体制を固めて後継者に渡すことができる。」
後継者に渡す?
「そうすれば私は政治家を引退できる。オーストリアかいっそアメリカにでも移住しようか?」
移住……考えても見なかった言葉です。
「ドイツを捨てるの?」
「そうだ。国家社会主義は茨の道を突き進まざるを得ない。富裕階層の利権の制限、労働者の保護と強制。国家が最終的に富を吸い上げる仕組みを理解させ、国力を上げなくてはならない。
それができて初めてドイツ国内の上流階級と下層市民の隔たりが無くなり、満ち溢れた力で外へ進出することができるようになるだろう。そのためには指導者には鋼の意志と身体が要求される。政敵から付込まれるような弱点を持つ人間が党のトップにいるわけにはいかない。」
「私と結婚することが弱点になるの?」
「血族婚姻に対する特別免除が必要になる。これは教皇庁の特権だ。そしてドイツ国会でも四分の一はカトリック中央党だ。もし彼らと対立することがあれば、たとえ結婚した後でも特別免除に書類ミスが発見され、取り消しになるだろう。その後は結婚に対する正当性を巻き込んだ宗教問題になることは間違いない。ただでさえお前も知っているように叔父と姪から生まれたのが私だ。二代続く血族婚、スキャンダルには事欠かないだろう。」
その言葉を告げるとき声が若干高くなっていました。
これは演説のときの声です。
「ゆえに私は指導者を降りる。」
鉛筆を動かしながら叔父さんは強く断言しました。
その言葉を聞いたときに私の心にやってきたのは選ばれた歓喜とそれを上回る寂寥でした。
叔父さんがバイエルン州に戻って以来、すごしてきた日々が思い出されます。
いつでも叔父さんはドイツ民族を上下関係無く一つにして、連合軍に対抗しようと頑張っていました。
銃撃を受け友人が楯になったこともあります。
刑務所にも入れられました。
それらを乗り越え国政を狙えるところまでやってきました。
ここで私のために降りさせていいものでしょうか。
「叔父さん、私は正式な結婚は望まないわ。愛人で十分。政治家をつづけて」
私の言葉に叔父さんはその言葉を予想していたように答えました。
「私はお前と正式に結婚すると決めた。もう迷わない。待たせてすまなかったな。」
ナチス党を指導してドイツに興隆をもたらせるのは叔父さんだけなのに、私一人が独占してよいものか……口を閉じるとさんざんに悩みました。
会話が終わってしばらくすると叔父さんは手招きで私を呼びました。
シーツを肩からかけて向かうと、スケッチブックには綺麗な裸婦のスケッチが出来上がっていました。
叔父さんのサインが右下に入っていて、中央上部には標題でしょうか?
Gib der Göttin Großdeutschlands(大ドイツの女神に贈る)
と書かれています。
「叔父さん。美化しすぎ……」
「見たままを書いただけだが、心象による多少の変化は画家の特権だからな。」
お互い顔を見合わせて、静かに笑いました。
しかし、私はこの標題を見たときに決めました。
叔父さんに政治家のまま大ドイツを率いる人物になってもらうことを……本当に必要としている女神から奪い去ることはできないと……




