嵐の季節
1931年 9月 3日 バイエルン州 ミュンヘン
オーヴァーザルツブルクの義姉から電話が入って以来、ミュンヘンのナチス党本部は大騒ぎになっている。
小父さんと同居していた姪が画家と国外失踪ということでスキャンダラスな噂が立ち上っていた。
淑女としての教育を受けたこともある彼女だが、これで確実に名誉は失墜することになるだろう。
そして、その失墜に小父さんを巻き込ませまいとして、私は一枚の手紙を書いた。
それは私との婚約を発表した結果、彼女がそれに反発して家を出てしまったという筋書きにしてしまえということだ。
これならば小父さんを何も傷つくことなく圏外に置ける。
政敵が利用できないように予防線を張っておくことが重要だ。
間違えても近親相姦等の噂は予防しなくてはならない。
私との婚約は都合が悪いなら後で取り消せばよい。
その程度には好意も湧いている相手ではある。
うまく利用してくれればいいのだけれども。
1931年 9月 4日 バイエルン州 ミュンヘン
エヴァ・ブラウンから手紙が届いた。
彼女なりの好意なのだろうが、婚約後解消とか女性に対して不誠実な父となんら変わらない行為に大きな抵抗を抱いた。
とはいえ彼女の誠実さは間違いなく、感謝しかなかった。
問題はゲリを愛していると自覚していることだろう。
ゲリと結婚するにはローマ教皇庁発行の「血族結婚に対する特別免除」を教会に申請する必要がある。
父と母の結婚にそれが必要だったように。
奇しくも父と母は叔父と姪の関係だった。
二代にわたる血族婚、これは十分にスキャンダラスな話題として駆け巡ることになるだろう。
しかも、教会に申請する以上、内密にするわけにもいかない。
父と同じ行為で政治家としての命運を絶たれるというのは耐え難い苦痛であり、可能な限り避けたいと思って、今日までダラダラと引き延ばしてきた結果が今回のゲリの失踪である。
ルドルフ・ヘスの調査でウィーン美術アカデミーの学生が相手らしいことはわかっている。
おそらくはクリムトの関係者であろうことも……
ウィーンといえば若い時に水彩画の絵葉書売りとして生計を立てていたこともある。
美術アカデミーは2度不合格になった。
そのときに輝いていたのがウィーン工房派に所属していたグスタフ・クリムトだ。
彼は15人の女性が同じ晩に自宅に同時に泊まったといわれる艶福家で多くが裸婦のモデルだったらしいが、多くの女性と愛人関係にあり非嫡出子も数人いたはずだ。生涯結婚しなかったというから徹底している。
そのウィーンのクリムトがゲリを奪っていったと思うと、激情のあまり乗り込んで射殺したくなる。
いらだつことに、オーストリアからは入国拒否の身であるためにウィーンに乗り込むこともできない。
ウィーン在留の外交官に連絡をとり、行き先を探すことしかできなかった。
だが意外にもすぐに行き先は見つかった。
ウィーンのホテルに一人で泊まっていたらしい。
ホテルに電話を入れると、楽しそうなゲリの声が聞こえてきた。
悪戯が成功した子供のような声だ。
とりあえず迎えに行くまでそこを離れないように厳命して、すぐさま親衛隊に向かってもらった。
とはいえ、7月31日の国会選挙で国会第1党になったが、パーペン首相と綱引きが続いている内情では一日たりとも仕事から離れることはできない。
内閣不信任案を可決させるにも他の党と過半数派を形成する必要があるという状態では身体がいくつあっても足りない。
正直、ゲリの面倒を見ている暇がない。というのが現状ではある。
どうしたものか……
1931年 9月16日 バイエルン州 ミュンヘン
ようやくミュンヘンに到着。
帰国のときは護衛3人が常に見張っていて、以前ミュンヘンで暮らしていた頃を思い出しました。
叔父さんが新しく借りたアパルトメントに移動。以前の家は住んでるのがばれて四六時中見物人が来るようになってしまい、警備の点からも引っ越さざるを得なかったようです。
私としては叔父さんと暮らし始めた頃の感じで、居心地は悪くはないのですが……
私が到着すると叔父さんは自分の部屋の隣の部屋を指定すると、明日昼食後にニュルンベルクへ出かけることを告げられました。
そういえば党大会の季節です。
打ち合わせがあるのでしょう。
そこで、私も同行を望みましたが、拒否されました。
警備上の問題で安全が確保できないといわれました。
あと叔父さんがニュルンベルクに行っている間、アパルトメントで待っているように指示されました。
「それでは帰ってきても何もならない!」
ただ無為に叔父さんの帰りを待っているというのは虚しく、まだしもヴァッフェンハルトハウスで待っていたほうがましです。
そう言った、私に対し、叔父さんは恥しそうな顔で、今夜、裸婦のデッサンをしたいのでモデルをしてほしいと依頼されました。
耳を疑いました。
はじめて女性として認識してもらえた言葉が、いきなり裸を見たいという言葉です。
すぐに「はい」と答えたものの、真っ赤な顔をして汗を流す叔父さんから目を離すことができません。
いったいどんな気持ちの変化があったのだろうかと訝しくなりました。
それについては今夜デッサンのときにゆっくり話したいというので、おとなしく待つことにしました。




