古都の悪魔と天使の諦念
1927年 8月21日 バイエルン州 ニュルンベルク
ドイツ帝国の中央部、ニュルンベルクを第三回党大会の会場と決めた。
この都市は中世の防壁で囲まれた、歴代の神聖ローマ皇帝にゆかりの深い土地ではあるがそれよりもルイトポルトハインと呼ばれる野外公園が集会にもってこいの大きさで、現地の警察が友好的だったことが大きい。
今年は景気も回復し、国民の生活にも余裕が戻りつつある。
こんな時はえてして保守勢力の支持が高まりやすく、ナチス党員数は伸び悩んでいた。
当然資金的にも苦しくなりがちで、党大会は昨年より大規模にしたいが開催費は抑えたい……そんな理由から近場のニュルンベルクで開催が決まったのである。
しかし、実際に足を運んでみると十二池を南に、北にニュルンベルク城が見えるこの地区は行軍を行った場合に非常に見栄えがする。
城から行軍させルイトポルトハインに集結させ、ドゥッツェンタイヒに浮かべたボートから全員に向かって演説する。
今日の行進は突撃隊20000人を動員した。突撃隊は基本ボランティアの参加で金銭的な負担は生じない。(その分コントロールが難しいが)
今回の演説の課題は生存圏だ。
大戦でドイツ民族の生存圏は大きく削られてしまった。
生存圏を得るには力による征服のみしかないが、ドイツの現状は国際主義、民主主義、平和主義の3つの主義により弱められている。ワイマール憲法はその主たるもので、これが成立して最大の受益者となったのはユダヤ人である。ドイツが生存圏を得るのに必要な地域は東欧である。
ここにはユダヤのディアスポラやシナゴーグが多数存在する。
現体制を維持すること、すなわちドイツを弱体化させ東欧に進めなくすることがユダヤ人の最大の目的である。
国際主義は、話し合いで解決しようにも連合国は賠償金の支払いを着実に求めてくる。
民主主義は、大学卒の上流階級や熟練工の意見も一人1票は変わらず、その日暮らしの小作農でも1人1票である。これでどのように国を運営するのか!
平和主義にいたっては武力を持たずとも周辺の国も平和を望んでいるという正気とは思えない戯言だ。ルール占領を思い出せば反論は発生しないだろう。
この3つの悪辣に捏造された主義を撃ち捨てて国家社会主義の下で経済に関しても口出しできる強力な国家を生み出すべきであり、ドイツ民族を弱体化する敵は打ち倒していく。
これが今回の党大会講演の要旨である。
それにしても、ニュルンベルクはいい街だ。城塞都市としての美しさを維持したまま近代都市に脱皮した感がある。
時間があればゆっくりとスケッチでもしたいがミュンヘンにゲリを残している。
急ぎ戻ることにしよう。
1927年 8月22日 バイエルン州 ミュンヘン
叔父さんはまだ帰ってきません。
気晴らしに一人で何処かに出かけようとしても、エミール・モーリスが総統からの命令といって必ずついて来ます。
時には一人になりたいときもあるのですが……無理を言って叔父さんに迷惑がかかるのも……
ともあれ、今の私のプライベート空間は家の自室のみです。
その自室の前には常に誰かが歩哨で立っています。
大きな音がすればすぐにエミールの下に連絡が行き、彼が駆けつけてきます。
息を殺すように静かに暮らさなくてはなりません。
正直、うんざりです。
私は籠の鳥ではありません。
自由に飛び回る雲雀でいたいのです。
とはいえ今では叔父さんは牧羊犬のように羊を導かなくてはなりません。
私が自由に飛びまわっていれば叔父さんから離れてしまうでしょう。
12の時から思いつめてもう19です……あと一年だけ様子を見てそれから決めましょう。




