悪魔の復活宣言
1925年 2月26日 ミュンヘン ビュルガーブロイケラー
フランツ・ギュントナー州法相の協力もあり、1月4日にはハインリヒ・ヘルト バイエルン州首相と会談、2月16日にはナチス党再結成の許可が下りた。
出獄して二月も経っていないので非常に急ピッチで党再建を進めていることになる。
おかげであちらこちらへの挨拶回り、御礼報告、援助依頼といくつ身体があっても足りない毎日だ。
戸建ての新居はそういう意味では非常に立地が良い。
訪問先もだいたい上流階級街に家を持っていることが多い。
今のところ発生している最大の問題は、ゲリの機嫌が日に日に悪くなっているような気がする。
そのうち一緒にピクニックでも行きたいが、季節がらあと二月はかかるだろう。
だがその頃には「我が闘争」の校正と編集者指摘部分の修正原稿の締切が近づくのか……どうしたものか……
なにわともあれ、今日は「ナチス党新結成集会」と銘うっての演説会だ。
党員とその関係者、一般市民関係なく公開で行う演説である。
自分にとって演説のできない辛さというのはアルコール依存症がアルコールを取り上げられるよりきついものがある。
多くの人に見つめられ、その一挙一足を見つめられる恍惚感は代え難いものである。
その上で聴衆を自分の言葉で思うように動かせたときの快感はやったものしかわからないであろう。
もちろん、常に思うように聴衆を誘導できるわけではない。
聴衆の熱狂が強すぎて誘導できなかったり、醒めていて乗りきってこなかったりすることもある。
演説の名人といわれる自分でもそうなのだ。
最高の演説は片手で足りる程度しかない。
故に毎回毎回演説は心が躍る。
十分な練習と練り上げた原稿、それにスパイスを効かせるアドリブ、これらの3要素が織り成す即興劇、芸術家としての魂が揺すられる瞬間だ。
今日は古馴染みというべきか因縁のというべきか悩むが、ミュンヘン一揆の舞台となったビアホール、「ビュルガーブロイケラー」での開催である。
演台に立つと、いろいろな感情がこみ上げてくる。
あの時散ったリヒターを始めとした同志達、それぞれ散り散りになった苦難の日々、それが今日再集結してひとつに戻る……そういう意味ではビュルガーブロイケラーで開催するのが正しいのだろう。
演台からホールを見ると人人人で埋め尽くされている。
2階席は大丈夫なのだろうか……時折床が軋んでいる音がする。
参加人数は4000人とルドルフ・ヘスから伝えられた。
定員が2000名弱のホールに倍の人数が押し込めたのか……スリがいなければいいが……
ともあれ第1声の発声だ。
「集まったドイツ愛国者へ告げる。今日ナチス党は復活する!諸君らの手で!」
大衆の歓声が音波となって皮膚を叩く。
この感触、1年半振りか……そのあとは、この間の苦難を慰労し、我々を苦境に陥れた政敵に対して依然として状況を変えることのできない無能さを糾弾し、ドイツに対する未来への夢を語った。
この日の熱気は半端なものではない。
演説として見てみるとやや熱気が走りすぎたきらいがある。
これだと、聴衆は演説の内容でなく、その場の勢いと挑発的な言葉のみを覚えてしまう傾向がある。
このへんブランクの影響は避けられないようだ。
あとは回数をこなして元に戻さないと……とか思っていたら、州政府がこの演説の盛況さに恐れをなして一年間の演説禁止を言い渡してきた。
「自由・博愛・平等の国」の理念はどこに言ったワイマール共和国!




