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最初の審判

1923年11月11日 バイエルン州 ミュンヘン ミュンヘン大学 ハウスホーファー研究室

 

 「ハウスホーファー先生、アドルフはどうなったかわかりませんか?」


 そう尋ねてきたのは教え子のルドルフ・ヘス。

 二日前にこの研究室に逃げ込んできて、それ以来、匿っている。


 「ラジオ放送からだが昨日ハンフシュテングルの別荘で捕まったらしい」

 「生きているんですね!」

 「ラジオでは逮捕されたということだから生きていると思う」

 「良かった。思いつめて自殺するのだけが心配でした」

 「ところで、君はどうする?」

 

 私はルドルフ・ヘスに自首を勧めた。

 今回、国家反乱が起こったが、幸いにも反乱側は流血事件を起こしていない。

 あくまでも過激なデモと建物の不法占拠だけであり、極刑が出ることはありえないだろう。

 ましてやルドルフ・ヘスは中心人物のヒトラーやルーベンドルフに比べれば端役に過ぎない。

 自首すればほぼ間違いなく執行猶予になるだろう。


 しかしルドルフは少なくともヒトラーの判決が確定するまでは潜伏して状況を見守るつもりらしい。

 すでにナチス党禁止が一昨日の日に発令されているため、バイエルン州ではナチス党員が散り散りになっている。

 伝を辿って幹部達の消息を確かめ、連絡が取れるようにしておくそうだ。

 その日の夕方、路銀を渡すと彼はミュンヘンの夕闇に消えた。

 陽気な男が冗談の一つも言わず立ち去る姿は、真摯さと激情を内に秘めたドイツ紳士の鏡とでも言うべき姿だった。



 1924年 4月 1日 バイエルン州 州最高裁判所


 2月26日から始まった裁判も今日が判決だ。

 傍聴席は空席が目立ち、新聞記者も少ないが、おかげで楽に入り込めた。


 わが友人、アドルフは裁判を通じて我々の立場を主張し続け、中央政府の政策とバイエルン州の首脳部を攻撃し続けたが、新聞も民衆も驚くほど関心が低かった。


 その原因は11月15日に遡る、銀行家のヒャルマル・シャハトが緊急通貨ノートゲルドを発行することで1兆マルク=1レンテンマルクで交換を始めた。


 レンテンマルクは土地の地代請求権(土地の家賃みたいなもの)を元に総額32億レンテンマルクが算出され、それ以上の発行ができないことが決定され、税金等の支払いはレンテンマルクで可能なことで法定通貨のマルクに取って代わり、制御不能と思われたインフレが終息した。

 人々はこれをレンテンマルクの奇跡と褒め称え、ライヒ通貨委員のシャハトは英雄扱いされていた。

 世の中には明るい話題は広まり、過去の苦しかった時期をなるべく見ないようにする風潮が溢れていた。

 

 そんな中での国政改革を求めた反乱である。

 誰もが見なかったふりをしたがったのは当たり前だろう。

  もっとも、インフレは収まったものの、賠償問題や中央政府の運営が変わったわけではないので近いうちに国内問題が再発するとは思う。

 ただ目に見える不安がなくなったことから、国民の政治に対する監視力が落ちているのは間違いない。

 主義主張を持たない食べるのに手一杯の有権者にあまり高みを求めるのも無理だろう。

 

 とはいえそういう世情のせいでビアホール一揆と呼ばれるようになった今回の蜂起ははなはだ人々の関心を集めないままに裁判が進んだ。

 とはいえ完全に世間が背を向けたかというとそういうわけではない。


 カールとロッソウは自分達が進めてきたベルリン進軍を徹底的にヒトラーに押し付けることで自分達を安全圏におこうと努力し、政治的な圧力も使っていたが、そのあたりは国民にはもろバレになり、信頼感は失墜していた。


 ルーベンドルフはあくまでも巻き込まれたことを主張しており、それは事実でもあったので英雄像に傷がつくことも無かったが、ではだれが今回のビアホール一揆の首謀者かということになった。

 その中で出された判決は、被告9人中5人が無罪。ここにカールやロッソウ、ルーベンドルフは含まれる。この5人は消えた。

 残りの4人ヴィルヘルム・フリックとエルンスト・レームは禁固15ヶ月、ヘルマン・クリーベルは禁固5年とアドルフ・ヒトラーが城砦禁固5年。 4人中3人がナチス党員であり、最長の刑期を与えられたことからも首謀者は明らかであった。


 なおかつその首謀者は、裁判の間中、明確な論旨と鋭い弁舌でドイツに対する問題提起を行い解決策を求め続けたのである。


 人々は彼を清廉の士として好意的な目で見るようになった。

 

 これでようやく落ち着いたので、教授が勧めてくれたように自首することにしよう。

 教授にはお礼の手紙を出しておかないといけないな。

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