鍋の蓋を開けると
1923年 11月 8日 ミュンヘン ビュルガーブルトケラー
全ての手配が済んだと思ったが…あることを思い出し胃が痛くなってきた。
昨日の会議は夜更けまでかかったために老齢のルーデンドルフ閣下が途中退席して自宅に戻られていた。
ちゃんと計画のことが伝わっていたのか……いまいち不安が残る。
何しろ会議当初では武力蜂起一辺倒の提案だったから、その案では多数の死傷者が出る上に住民の支持が得られるか半々であるとして、州首脳部による禅譲案を通すので手一杯になっていた。
その場にルーデンドルフ閣下が残っていたかが記憶が不明瞭である。
かといってもう昼近い今からでは計画を止められない。
今日の午後8時には蜂起しての説得が始まるのだ。
誰かを派遣して説明というのも計画の機密性から無理だ。
仕方が無いので、既成事実を積み上げてから、閣下にご協力を願うという形しかない。
へそを曲げずに受けてくれるといいんだが?
近場のビアホールでランチを食べた後、ナチス党事務所に戻り、明日まで仕事で帰れないことを手紙にしたため党員に自宅へ届けさせた。
とりあえずタバコの臭いのお小言は明日までは延ばせるだろう。
今回のドタバタ劇の数少ないメリットだな。
ナチス党の通常業務をこなしながら、突撃隊員の配置確認を受け取っては返答している間に決行時間が近づいてきた。
8時ちょうどにビュルガーブルトケラーに入ると、まずビールを注文した。1830人が定員のこの会場はすでに満席近いようだが立見が出るほどではないようだった。
外には騎馬警官が、中も警官が巡回しているが、あわせて100人程度のようだ。
彼らはゲーリングやヘスが主力を突入させる直前に、会場内に配置された突撃隊員が銃で脅し、退去願う予定になっている。
8時半2番手のカール総督の演題が始まった。会場内の突撃隊員は速やかに警官の排除を行った。
大掃除が終わるとカンテラが庭で大きく丸を描き、主力が会場に突入した。
バタンという音と共に扉が開かれドヤドヤと突撃隊がイケメン(ゲーリング)を先頭に入ってきて全ての出入り口を封鎖した。
客達は何が起こっているがわからないようでザワザワしているだけだった。
続いてヘスが突撃隊を引き連れ演台に向かいカール総督を包囲するとザワメキは一層大きくなり席から立とうとするものが現れた。
そこで、上着の下からブローニングM1910を取り出すと天井に向かって一発。
パーンという32ACP弾の発射音の後に怒鳴った。
「静かに!国家主義革命が始まった。誰もここから出てはならない。すでにここは包囲させている。
諸君らは革命の成功を見届ける証人になってもらう。」
銃声の後の宣言は、普段の演説とは違って尖った声になってしまったが、腰を浮かせようとした客達の動きを止めるのは十分だった。
あとは包囲された演台の3人を説得すればひとまずは終了だ。
なんとか明日にはアパルトメントに帰れるだろう。




