加熱してかき混ぜろ
1923年11月7日 ミュンヘン ドイツ闘争連盟連絡事務所
タバコの煙が目に沁みる。
この狭い部屋に男が十数人長い時間閉じこもり会議していれば当たり前のことだが、部屋の反対側が白く煙って見える。コートや背広にもタバコの匂いが染み付いて……またゲリに怒られてしまうな。私は吸わないんだが、そのせいかゲリはタバコの臭いについて厳しい。
とはいえ、国家の一大事である。我々の計画がうまく行くかどうかに全てがかかっている。
泣き言を言わずに明日の計画を練り上げないと……
そもそもの始まりは第7師団師団長のロッソウ少将の招集である。
先月の16日だった。
ここでロッソウは国民主義者、ドイツ闘争連盟幹部、州警察の幹部を集めて、ベルリン進軍のための助力を頼んできた。
20日にはカール総督がロッソウ罷免要求を拒絶、クニリング首相がロッソウ少将をバイエルン地域国防軍司令に任命した。
これによりバイエルン州はバイエルン地域として国と同等の立場を持つことを宣言したといっていい。
つまり中央政府への反逆である。
当然連邦中枢は怒りまくった。
国家への反逆は武力で対抗すると通達が来たほどだった。
10月24日にドイツ闘争連盟の幹部(ナチス党のみ除外)と警察・民間武装勢力の要人が集められ今後の方針を伝えられた。
まずベルリンに進軍して独裁政権を作る。第二にそのまま状況を膠着に持ち込む。最後にバイエルンを独立させる。の3段階からなっていた。
10月26日にはベルリン進軍部分の作戦表「秋季演習」が策定された。
相変わらずナチス党は蚊帳の外である。
彼らの計画はドイツ闘争連盟の同志から全て流れてきているが、仲間外れは問題ないし、こんな失敗する計画に首を突っ込む気も無かった。
まずベルリン進軍はいい。だが第二段階で膠着させるというのは絶対に不可能だ。
勢いがついた集団を無理に抑えれば暴走して収拾がつかなくなる。
酒場の喧嘩と一緒でとことんまで突き進めて、軍部と協力した独裁政権を打ち立てて、経済統制を行い、インフレを止めることで国民に認知させる。
その間、対外的にはフランスとイギリスの隙間を利用して、アメリカに中立の立場で賠償金を裁定してもらう。
それぐらいはすぐに考え付かないと国家運営はできそうにない。
カール総督もその程度の人物と高をくくっていた。
問題になったのはその後で、カール総督がビビッタのが原因で中央政府と話し合いで軍事独裁政権を作ろうと動き始めたことである。
ばかげたことと誰でもわかることが彼にはわからなかったらしい。
エーベルト大統領やゼークト軍司令官と面談して話し合ったらしいが当然拒絶された。
その結果昨日、カールは10月24日に集めたメンバーを再度呼び集め、「計画が整った後にベルリン進軍を行うこと」を決議した。
つまり、ベルリン進軍は延期で占領計画は未定になった。
だがバイエルンを含むドイツには時間が無い。
この破綻した経済では冬には餓死者が出かねない。
急いでベルリン進軍を行い、強力な指導力の中央政府を作らなくてはならない。
ドイツ闘争連盟の面々も腰抜けの州政府に対し失望を隠せない。
ということで今日は闘争同盟の発案による州政府主要設備への武力占拠という案を説得しながら、11月8日にビュルガーブロイケラーで講演会を行うカール総督にロッソウ地域国防軍司令、ザイサー警察長官が同席するので、その場で3人を説得し、闘争連盟への支持を取り付け今後のバイエルンの指導はドイツ闘争連盟が執り行うということに変えさせた。
ドイツ闘争連盟は世界大戦の英雄で大将でもあり、国会議員でもあったエーリヒ・ルーデンドルフ閣下が義勇軍を率いて合流していたため、今後の象徴という意味でもルーデンドルフを首班とした政府が欲しかった。もちろんその後はベルリン進軍を目的に各義勇軍を調整していく。
Avenzare(前進) ムッソリーニ閣下からいただいたノートのサインの言葉だ。
前進あるのみ、そう決めて必要な手はずを終わらせるべく党員に指示していく。
なんとか突撃隊の手配を終わらせたときには午前10時になっていた。
頭は徹夜で朦朧としている。たぶんいろいろ抜けているだろう、しかし3人が揃うこの貴重なチャンスを逃がすわけには行かない。
ゲリの顔を見たいが、まだまだやることは山積みだ。ミュンヘン市庁舎で面会ということになりそうだ。




