鬼はゴブリンの耳を集める
前章までのあらすじ
マックスは、殲滅現場へ引き返した。
門番が再びマックスを見て、呆れた顔をしていた。また行くのか、と。
「手間だが仕方ないか。ひとっ走り行ってくる」
マックスは走った。鬼族の脚力で森を駆け抜ける。往復の時間を差し引いても、まだ余裕はある。問題は数だ。五十匹分の耳。普通の冒険者なら、五十体の死体を探して、ナイフで切り取って、持ち帰る。それだけでも大変な作業だった。
しかしマックスにとっては、別の「問題」があった。
洞窟に着いた。死体の山はそのままだ。ゴブリンロードだったものが壁にめり込んでいる。緑の血の匂いが充満している。
マックスはゴブリンの死体を一体一体引っ張り出し、耳を掴んで、ぶちっ、と千切った。
ぶちっ。ぶちっ。ぶちっ。
流れ作業だった。まるで農夫がキャベツを収穫するような手つきで、淡々と耳を集めていく。緑の血が手を伝い、腕を滴った。
しかし、逃げたゴブリンの分が足りない。洞窟内にいるのはロードと雑魚の死体のみ。数えてみると、洞窟で仕留めたのは三十三匹。逃げた分が足りない。
マックスは洞窟の外を見た。逃げたゴブリンたちの足跡が森の中に続いている。散らばっているが、まだ新しい。
追うか、諦めるか。それが問題だ。
「取り敢えず、ここに置いといて、追っかけるか」
マックスは三十三匹分の耳を、洞窟の入り口にきれいに積み上げた。緑色の肉片の山の上に、小さな耳が山積みになっている。なかなかに壮絶な光景だった。
そして逃げたゴブリンの足跡を追う。鬼族の嗅覚は人間の何倍も鋭い。ゴブリン特有の獣臭は、森の中でも嫌というほど辿れた。
最初に見つけたのは五匹の群れだった。木の陰でがたがた震えている。
マックスが近づくと、ゴブリンたちは悲鳴すら上げられなかった。一匹が耳を差し出し、残りの四匹も我先にと耳を引きちぎってマックスに投げた。命乞いだった。
ぶちっ、ぶちっ、ぶちっ、ぶちっ、ぶちっ。
五匹追加。
次の群れ。三匹。岩陰に隠れていた。マックスの影を見た瞬間、自ら耳を差し出した。
ぶちっ、ぶちっ、ぶちっ。
三匹追加。
森中を走り回った。ゴブリンたちは散り散りに逃げていたが、鬼族の足から逃れられるはずもない。見つけた端から脅して耳を回収していく。まるで木の実を拾うかのような気軽さで。
最後の一匹を見つけたのは、森のかなり奥だった。木の上で丸まって泣いている小さなゴブリン。子供だった。
「耳を取るのもだんだん面倒になってきたな。殺すのも面倒だからこのまま持ち帰るか」
小さなゴブリンは木の枝にしがみつき、がたがた震えていた。体長はマックスの腰ほどしかない。大きな目に涙を溜めて、きぃきぃと泣き喚いている。
マックスが手を伸ばすと、ゴブリンは必死に枝を抱きしめた。降りたくない。死にたくない。その葛藤が小さな体全体から滲み出ていた。
結局、マックスはゴブリンの子供を片手で掴み上げた。子猫を摘み上げるような手つきで。子供はぎゃあぎゃあ暴れたが、鬼族の握力の前では無意味だった。
子ゴブリンを小脇に抱え洞窟に戻り、耳の山を確認する。四十六匹分。あと四匹足りない。逃げた数が合わないのだ。森中を走り回って見つからなかった分がいる。
マックスは子ゴブリンを抱えたまま、再び森を走り始めた。ゴブリンの子供は、もう抵抗する気力もないのか、ぐったりとぶら下がっている。
やがて残りを見つけたのは、森のさらに奥。洞窟から離れた渓谷の近くに、洞穴があった。そこから微かに気配がする。三匹ほどか。
小脇のゴブリンの子供が、その洞穴を見た瞬間、急に大人しくなった。仲間がいるのか、それとも別の何かがいるのか。
「逃げるなよ。俺は中を見てくる」
マックスが子供ゴブリンを地面に下ろした。小さなゴブリンは、ぷるぷると震えながらも逃げ出さなかった。というより、足が竦んで動けないのだ。




