鬼は現場へ引き返す
前章までのあらすじ
マックスは、ゴブリンとゴブリンロードを殲滅して街へ向かった。
マックスは踵を返した。あっさりとしたものだった。洞窟の奥の気配など気にもしていない。依頼はゴブリンの殲滅。ロードを潰した以上、残りは雑魚だ。逃げた連中は放っておけば二度と人里には近づかないだろう。
帰り道、森の中は静かだった。ゴブリンの死臭だけが鼻につく。マックスは来た時と同じ速度で走った。木々が流れていく。
東門に着いたのは、まだ陽が高い時刻だった。夕方には程遠い。
門番は目を丸くした。朝出て行った男がもう戻ってきた。しかも服にゴブリンの緑色の血がこびりついている。
「お、おい……もう終わったのかよ」
門番は信じられないという顔をしていた。あのゴブリンの巣は、熟練のCランクパーティーでも半壊して逃げ戻った仕事だ。それを半日も経たずに戻ってくるなど、常識では考えられない。
マックスがギルドの扉を開けると、食堂の冒険者たちが一斉に振り向いた。酒を飲んでいた者、賭け事に興じていた者、全員がマックスを見た。
そして、隅の席でガルドの仲間たちがにやりと笑った。
「よぉ、おかえり。随分早ぇじゃねぇか。逃げ帰ってきたか?」
「ん?終わったぞ?ところでどうやって報告すれば良いんだ?聞くのを忘れてた」
カウンターの向こうで書類仕事をしていた受付嬢の手が止まった。マックスの姿を見て、目をぱちくりとさせる。
「え……もう終わったんですか?」
受付嬢は信じていない顔だった。当然だ。出発してまだ数刻しか経っていない。ゴブリン五十匹の巣を、しかも一人で、この時間で殲滅するなど前代未聞だった。
しかしそこはプロ、一つ咳払いをして、マニュアル通りの対応に切り替えた。
「えっと、報告にはゴブリンの右耳を持ち帰ってください。討伐証明になります。五十匹分、全て揃っていれば依頼完了です」
食堂がざわついた。耳。五十匹分の耳。つまりゴブリン五十体分の死体を切り刻んで耳を切り取ってきたということだ。それをこの短時間で。冒険者たちの目が疑惑と嘲りを混ぜた色に変わった。
仲間と肘をつつき合いながら、にやにや笑っている。
「おいおい、どうせ途中でビビって逃げたんだろ。耳なんかあるわけねぇよ」
受付嬢は申し訳なさそうに。
「あの、もし証明できない場合は依頼失敗扱いになりますので……」
「おお、そうか。ナイフは無いから千切ってきても良いか?」
受付嬢は一瞬固まった。千切る。ナイフで切り取るではなく、千切る。
「え、あ、は、はい……証明できれば手段は問いません、けど……」
「ならもう一度行ってくる」
マックスはくるりと踵を返し、再びギルドの扉へ向かった。食堂の冒険者たちが、哀れみと嘲りの混じった目で見送っている。
「おい見ろよ、また行くぜ。耳持って帰ってこれなくて泣きつきに戻ってくるに百銅貨」
「俺は戻ってこねぇに賭ける。森で野垂れ死にだ」
賭けが始まった。マックスが耳を持って帰れるか、否か。圧倒的に「否」が多かった。オッズは百対一。それでもマックスの帰還に賭ける物好きが数人いたのは、あの獣人ガルドをぶっ飛ばした光景が脳裏に焼きついていたからだろう。
マックスの姿がギルドから消えた。
受付嬢は小さく呟いた。
「……夕方まで、ですよね。間に合うのかしら。」




