鬼はクエストに出発する
前章までのあらすじ
マックスは、何だかんだでゴブリン討伐の依頼を受注した。
「判った。東の森だな。その前に飯を食わせてくれ。金がないからツケで」
ドルクの眉がぴくぴくと痙攣した。こめかみの血管が浮き出ている。
「……ツケ?」
ギルド内に微妙な沈黙が流れた。Cランク冒険者を四人ぶっ飛ばし、ゴブリン殲滅の依頼を嬉々として受けようとしている鬼族が、堂々と「ツケで飯」を要求している。その図太さに、受付嬢は口をあんぐり開けていた。
数秒の沈黙の後、ドルクは盛大にため息をついた。
「……銅貨三枚までだぞ」
受付嬢が小声で、
「あ、あの、マックスさん。ギルドの食堂は奥の右手にあります。メニューは壁に書いてありますので……」
ギルドの食堂は酒場兼用だった。先ほどマックスにぶっ飛ばされた獣人ガルドの仲間たちが、隅の席でこちらを睨みながら座っている。目が合うと、さっと顔を逸らした。
壁のメニューにはこう書いてあった。
「黒パン:銅貨一枚」「芋のスープ:銅貨一枚」「肉のシチュー:銅貨二枚」「エール:銅貨一枚」
質素だが、冒険者の懐事情を考えれば妥当なところだろう。
「ふん。エール3杯だな。それが一番勢いがつきそうだ」
マックスが銅貨三枚をカウンターに置くと、食堂のおばちゃんが無言でエールを三杯並べた。琥珀色の液体が泡を立てている。安酒特有の、鼻につく麦の香りが漂った。
マックスは席にも座らず、立ったまま一杯目を掴んだ。
食堂の隅では、ガルドの仲間たちがひそひそと話している。
「おい、あいつゴブリン殲滅受けたってよ」
「はっ、馬鹿だろ。あの巣、中にゴブリンロードがいるって噂だぞ。Cランクパーティーが半壊したやつ」
にやりと笑った。
「今日中に帰ってこなかったら、死んだってことでいいな」
そんな会話が聞こえる距離で、マックスはエールをぐびぐびと煽っていた。一杯目が瞬く間に空になる。二杯目に手を伸ばす。食堂の冒険者たちが、まるで処刑前の囚人を眺めるような目つきでマックスを見ていた。
同情ではない。見世物を期待する目だった。鬼族がゴブリンの巣で嬲り殺しにされる姿を、酒の肴にしたいのだ。
「不味いな。もう少し良いエールを夕方まで用意しておいてくれ。では行ってくる」
おばちゃんは無言でマックスの背中を見送った。銅貨三枚じゃまともなエールは出せない、という言葉を飲み込んだ。
ギルドの扉を押し開けると、午後の陽射しがマックスの顔を照らした。東の森は街の東門から歩いて半刻ほどだと、受付嬢が教えてくれた。もっとも、マックスの足ならもっと早く着くだろう。
街の大通りを歩くマックスに、道行く人々が怪訝な目を向けた。鬼族は見た目では分からない。角さえ隠してしまえば、ただの人間にしか見えない。だが先ほどギルド前の広場での一件は、もう街中に噂として広がり始めていた。
「ねぇ、あの人じゃない? ギルドでCランク吹っ飛ばしたって……」
「鬼族らしいよ。怖くないのかしら……」
ひそひそ声が背中に刺さる。しかし東門に近づくにつれ、人通りは減っていった。
東の門には、門番の兵士が二人、槍を持って立っている。マックスの冒険者カードを確認すると、怪訝な顔をした。
「Fランク? 東の森に行くのか。……あんた、死にに行くようなもんだぞ。最近あの辺り、ゴブリンが活発でな」
「ゴブリンなら、指1本で倒せる。オーガなら、ちょっと時間がかかるかも知れんが。夕方にはかえらにゃならんから走るか」
マックスの背中を見送りながら、兵士は首を傾げた。
「……指一本? 変な奴だ」




