鬼はギルド前で死?闘する
前章までのあらすじ
謎の鬼族マックスは、あるまちにたどり着き冒険者登録をするも、その場にいたCランク冒険者を裏拳で張り飛ばした。
がっ……!
壁にめり込んだまま、目を白黒させている。Cランクの冒険者が、たった一撃で沈んだ。しかも素手。しかも鬼族は息ひとつ乱していない。
酒場にいた冒険者たちが次々と立ち上がった。だが、マックスに近づく者は誰もいなかった。誰もが本能的に理解していた。あれは格が違う、と。
カウンターの向こうで、受付嬢が真っ青な顔でカードを握りしめていた。
「ま、マックスさん……! 穏便にと言いましたよね!? 言いましたよね!?」
「武器は使っていないから穏便だろう?」
口をぱくぱくさせた。反論しようとして、しかし論理的には確かに「武器は使っていない」という事実に気づき、悔しそうに唇を噛んだ。
「そ、それは……詭弁です!」
壁に叩きつけられた獣人の冒険者が、仲間に助け起こされながらよろよろと立ち上がった。口の端から血が垂れている。その目には屈辱と怒りが煮えたぎっていた。
「てめぇ……やりやがったな……!」
彼が拳を握り、仲間に制止されながらもマックスを睨みつけた。
「おい、てめぇ冒険者カード何ランクだ? 新人だろ? Fランクの新入りが、Cランクに手ぇ出してどうなるか分かってんのか?」
ギルド内の空気がぴりぴりと張り詰めていく。奥のテーブルで賭け事を始めていた冒険者たちが、にやにやとこちらを眺めている。「新入り何秒持つか」という声が聞こえた。
小声で、しかし必死に。
「マックスさん、お願いですからこれ以上は……ギルド内での暴力行為は減点対象です。最悪、登録抹消もあり得ますから……!」
「判った。外でやろう。なら良いだろう?」
額に手を当てて、深く、深くため息をついた。この人は話が通じないタイプだ、と彼女の長年の受付嬢としての勘が告げていた。
「良くありません! 全然良くありません!」
しかし、獣人の方は話が違う。仲間に肩を借りながら、血走った目でマックスを睨んでいた。プライドを傷つけられた獣ほど厄介なものはない。
「いいぜ、表出ろよ新入り。ギルドの外でなら文句ねぇだろ?」
受付嬢が「やめてください」と叫んでいるが、もはや誰にも届いていなかった。獣人の冒険者が仲間を引き連れてギルドの正面扉を押し開け、外の広場へと歩き出す。野次馬たちがぞろぞろと後に続いた。こういう見世物は、退屈な冒険者たちにとって最高の娯楽なのだ。
広場は石畳で舗装された、それなりに広い空間だった。普段は露店や商人が行き交う場所だが、噂を聞きつけたのか、既に人だかりができ始めている。
首をごきごきと鳴らし、拳を構えた。爪が異様に長い。
「ルールは簡単だ。先に倒れた方が負け。シンプルで・・・」
マックスは、言葉が終わりを待たずにいきなり殴りつけた。そして、倒れたところを足で踏みつける。
人の冒険者が「シンプ」と口を開きかけた瞬間、顎に凄まじい衝撃が走った。
ごきり、という嫌な音が広場に響く。
獣人の巨体が浮いた。文字通り、両足が地面から離れた。そのまま背中から石畳に叩きつけられ、肺の中の空気が全て押し出される。
「ぁ、が……っ!」
マックスの足が、倒れた獣人の胸を踏みつけた。ぐりっ、と体重をかける。石畳にひびが入った。見物していた野次馬たちが、一斉に後ずさった。
静寂。
誰も声を出せなかった。Cランク冒険者が、二撃で地面に転がされている。しかも相手は息ひとつ乱していない。
「う、うそだろ……あいつ本当にFランクか?」
獣人の冒険者が、潰れたカエルのような声で呻いた。目が白くなりかけている。仲間の獣人たちが飛び出そうとして、しかし足が竦んで動けない。本能が警告しているのだ。あれに近づいたら死ぬ、と。
「無駄な話が多いな。本当にCランクか?」
胸を踏まれたまま、血走った目でマックスを見上げた。屈辱と苦痛で顔が歪んでいる。歯を食いしばり、マックスの足を掴もうと手を伸ばした。
「こ、のっ……舐めるなぁ!」
獣人の爪がマックスの脛に食い込む。獣人特有の筋力で、普通の人間なら肉ごと抉られる一撃。だが鬼族の肌には、かすり傷ひとつ残らなかった。爪の方が逆に欠けた。
その事実に、獣人の目が絶望で見開かれた。
「は……?」
おい、あの獣人ガルドだぞ。Cランクの中でも上位の……
それが一方的にやられてんのか? なんだあのFランク……
群衆がざわめき始めた。賭け事を始めていた連中が慌てて金のやり取りをしている。もう誰もマックスの勝利を疑っていなかった。問題は、この新入りがどこまでやるのか、という一点だけだった。
獣人ガルドの仲間たち、三人ほどが武器に手をかけて前に出ようとした。しかし互いの顔を見合わせ、踏み出せずにいる。
「フン!」
マックスは獣人ガルドの首根っこを片手で掴んだ。まるで子猫でも摘み上げるような気軽さだった。体重は優に百キロを超えるであろう熊獣人が、ぶらんと宙にぶら下がる。
「ま、待――」
待たなかった。マックスはそのまま、振りかぶるように体を捻り、仲間の獣人たちに向かってガルドを「投擲」した。人間大の肉塊が砲弾のように飛んでくる光景は、悪夢以外の何物でもなかった。
『ごばぁん』、と鈍い衝突音。
三人まとめて吹き飛んだ。露店のひとつが巻き添えを食って潰れ、果物が石畳にぶちまけられた。
「ひっ……!」
広場は阿鼻叫喚と化した。見物していた冒険者たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ始める。しかし好奇心には勝てず、建物の陰からこっそり覗いている者も少なくなかった。
そんな中、受付嬢はギルドの扉から顔だけ出して、真っ青な顔で見ていた。*
「あ、あ、あぁ……始末書……始末書何枚書けば……」
四人の獣人が地面に転がっている。ぴくぴくと痙攣しているが、命に別状はなさそうだった。マックスの拳にはまだ一発も本気が混じっていないことに、この場で気づいている者はまだいない。
こんな感じで、ひたすら空気を読まずに無双する話です。




