鬼はゴブリンと共に夕食を摂る
前章までのあらすじ
マックスは依頼を完了して金貨五枚を手に入れた。
足が折れたゴブリンは、きぃきぃと喚きながら、瀕死の仲間を庇うように丸まっている。
子供ゴブリンがマックスの足元を見上げた。大きな目に涙を溜めて、ぷるぷると震えている。小さな手を伸ばしてきた。マックスのズボンの裾を、きゅっと掴んだ。
「ポーションは幾らだ?」
いきなりのマックスの言葉に、受付嬢は一瞬きょとんとした。それからカウンターの下の棚を確認した。
「ポーションですか? 種類によりますが……」
指を立てて説明し始めた。
「下級治癒ポーションが銀貨二枚。中級で銀貨五枚。上級は金貨二枚です」
マックスの手元には金貨五枚。下級なら三本買える。中級なら一本。上級なら一本。瀕死のゴブリンに使うかどうか、という問題だが。
様子をうかがっている冒険者が、呆れた顔で仲間と顔を見合わせた。
「おいおい、ゴブリンにポーション使う気かよ。正気かよあいつ」
「金貨二枚のを使って治したら大赤字だぜ。馬鹿だろ」
食堂中から失笑が漏れた。ゴブリンにポーション。それは冒険者にとって、家畜に金銀財宝を与えるようなものだった。常識がない。そう誰もが思った。
足折れゴブリンが、きぃきぃと喚き続けている。瀕死の仲間の呼吸がさらに浅くなっていた。時間がない。
受付嬢は小声で
「あの……正直おすすめしませんが……」
しかし、マックスは何でもないような素振りで。
「上級と中級をくれ。あと、残飯で良いから何か食わせてやれ。俺は肉とエールだ。旨いやつをな」
受付嬢は目が点になった。金貨二枚と銀貨五枚。ゴブリンのために。しかも自分は上級肉とエール。
「か、かしこまりました……」
受付嬢がポーションを二本取り出し、カウンターに並べた。上級は青い瓶、中級は赤い瓶。どちらも澄んだ液体が揺れている。それから食堂のおばちゃんに食事の指示を出した。
おばちゃんは厨房から出てくると、ゴブリンを見て露骨に嫌な顔をした。
「……残飯でいいんだね」
ポーションを受け取り、食堂に移動してテーブルで待っていると、食事が並んだ。
マックスの前には肉汁が滴る分厚いステーキと、琥珀色のエール。泡がふわりと乗っている。明らかに上等な酒だった。そしてゴブリンたちの前には、パンの切れ端と野菜くずが浮いた薄いスープ。
足折れゴブリンが食べ物を見た瞬間、喚くのをやめた。目が釘付けになっている。子供ゴブリンもよだれを垂らしていた。
食堂の中の冒険者たちは、もう笑うしかないという顔だった。
「金持ちの道楽かよ。ゴブリン飼って楽しいか?」
瀕死のゴブリンの呼吸がさらに弱まっている。
「ほれ、薬を飲んで飯を食え。生き残った奴の特権だ」
マックスが上級ポーションの蓋を開けた。青い液体が光を受けて輝く。一本金貨二枚。冒険者の日当を軽く超える代物だ。
それを、瀕死のゴブリンの口に流し込んだ。
足折れゴブリンは、目を見開いた。仲間の口にポーションが注がれるのを見て、きぃきぃと騒ぎ出す。何を飲ませるんだ、と言わんばかりに手を伸ばした。
その時、瀕死のゴブリンの喉が動いた。青い液体が体に染み込んでいく。数秒後、浅かった呼吸が深くなった。顔色が戻り始める。折れた骨が軋みながら繋がっていく音が、微かに聞こえた。
ゴブリンの目が開いた。ぼんやりとした瞳がマックスを捉える。殺される、と思ったのだろう。ぎゅっと目を瞑った。
マックスは中級ポーションを足折れゴブリンの前に置いた。自分で飲め、ということらしい。
ポーションと、マックスの顔を交互に見た。罠か。毒か。疑っているのが丸わかりだった。しかし仲間が治っていくのを見て、恐る恐る瓶に手を伸ばした。
周りの冒険者たちは、もう声も出ない。仲間と無言で顔を見合わせている。*
子供ゴブリンが、スープに顔を突っ込んでいた。ずずず、と音を立てて啜っている。
マックスも肉にかぶりついた。
「うん、旨い肉だ」




