1/17
プロローグ:紙の上の冬
言葉というものは、ときに水に似ている。
掌からすり抜けて流れていってしまうこともあれば、凍りついて二度と動かなくなってしまうこともある。
「――綺麗に直るよ、この手紙」
冬の終わりの、どこか湿った風が吹き抜ける夕暮れ時。
古びた木枠のガラス戸の向こうで、彼女はそう言った。
彼女の指先は、まるで赤ん坊の肌を撫でるように、黄色く変色した昭和の和紙をそっとなぞっていた。その指先から零れ落ちるあたたかな光を、僕はただ、息を止めて見つめることしかできなかった。
立春――春が立つ日。
暦の上では春が来ることになっているけれど、この街の風はまだ刺すように痛い。
僕と彼女の、二度と戻らないあの季節の物語は、途切れたインクの文字と、宛先のない一通の手紙から始まったのだった。




