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「昨日はよく眠れましたか? セネス様」
ローレンスに問いかけられて、俺は肩を落としたまま視線を向ける。
「ローレンス……なあ、もしお前の髪の毛が明日無くなっていたらどうする?」
「うぇ? あ、あの? な、なんですか? なんでそんな目で僕の頭を見るんですかっ!?」
「いや、大切なものがいつまでもそばにあると思うなよ」
「は、はぁ? これは含蓄のあるお言葉をありがとうございます」
ローレンスの髪の毛をむしってやりたい気持ちに駆られながら、俺は礼拝堂の扉の前に立つ。
そしたら、小汚い子供が座っていた。
「ん?」
「神父様。おはようございます」
布切れを着せられただけの手足がボロボロでガリガリに痩せ細った子供。性別さえわからないほどボサボサの頭。
「こら。勝手にここに入ってはいけない」
ローレンスが子供に言うが、子供はもじもじと人差し指を合わせるのみだ。
「お前、孤児か?」
「はい。神父様……あの」
俺は子供の頭に手を乗せて、神聖力を使う。癒しの神術は、体の傷だけでなく、心の治療にもなるという。
まあ、俺は受けた事がないからわからないが。
「どうだ? まだどっか痛いところはないか?」
「あ、ありがとうございます神父様!」
にっこりと笑う子供。
「名前はなんて言うんだ?」
「ヒルデです」
「そうかヒルデ。正午にもう一回来なさい。ちょっとは腹が膨れるものをあげよう」
「あ……でも私、お金が」
私っていうなら女の子だったのか。
「馬鹿。子供はお布施のことなんて考えなくていいんだよ。それよりちゃんと腹を空かせてこいよ?」
「は、はい!」
最後に頭を一撫でして見送ると、ヒルデは教会を走り去っていった。
元気な子供だ。
「あ、あのセネス様?」
「ん? どうかしたか?」
「いえ。どうして孤児に神聖力を?」
何を言っとるんだこの男は?
「怪我していただろ。それに疲れてそうだったし」
「でも、孤児ですよ? 彼らはお布施をするお金も持っていませんし、教育も受けられていません。後見人も見たところいなそうですし。神聖力による奇跡を与えてもいいのですか?」
ドン引きである。
「ローレンス君」
「は、はい」
「君、あの子を見て可哀想だと思わないのかい?」
ローレンスは困惑したような表情を浮かべる。
「勿論、同情はしますけど、教会が助けられる人の数には限りがあります。それに、教会の運営にもお布施や支援は必要で、孤児はそれらを見込めません。神聖力も限りある奇跡ですし」
お、おお。こいつ、人の心とかないんか?
「いや、でもさ。考えてみてよ? 確かにお布施とか支援とかも大事だけどさ。孤児だよ? 独りなんだよ?」
「は、はあ」
「だから、誰かが助けてやらないといけないよな? そうだよな?」
「あの。お言葉ですが、セネス様は一般の信徒の方にもなかなか奇跡は使われませんよね? なのに、なぜ孤児にはいとも簡単に?」
「いや、そいつらは親とか親族とか頼れる人がいるだろ。それに、神聖力を誰にでも使ってたらすぐに底をつく」
「?」
「ん?」
なんだ。ローレンスが何を疑問に思ってるのかわからん。
「あの……セネス様。言葉が過ぎていたら申し訳ありません。ですがお聞かせください」
「え? ああ。なにかな?」
怖いななんか。
ローレンスは意を決したように口を開く。
「──なぜ、セネス様は孤児を特別扱いするのでしょうか?」
なんだって?
「特別扱い? 俺が?」
「は、はい。言いづらいですが、他の信徒の方々への対応と、孤児への対応があまりにも違って見えてしまって」
へ、へえ。
俺が? そんなつもりはなかったが。
「すみません。過ぎた質問でした。気分を害するつもりはありません」
「いや……別にいいけど」
でも、そうか。言われてみれば確かに、孤児たちには打算なく接することができる気がする。
なんというか、放っておけない。
どうしてだろうか。
「──もしかしたら、俺も元々は孤児だったからかな?」
「え!? セネス様、孤児だったのですか!?」
何をそんなに驚くことがある。
「知らなかったのか?」
「はい。いや、まあ。知らなかったというより、知ろうとしていなかったというか。元々聖職者の方々は高貴な方が多いので。それに、セネス様は女神様の使徒でもあられる。貴族出身だとばかり」
ローレンスの顔を見ると本当に悪気がなさそうだ。
まあ、今更出自がどうだとか言われたところで何も気にはしないが。
確かにこの教会に入ったばかりの頃は、それが理由でトラブルもあった。だが、結局はどいつもこいつも神聖力では俺に遠く及ばない奴らだった。
「まあ、うん。とりあえず俺は貴族でもなんでもないんだ。ローレンスももっと気軽に接してくれていいんだぞ」
「いえ、そんなわけにはいきません。それに、今の話を聞いて腑に落ちました。なぜ、セネス様が孤児に対してあれだけ慈愛に満ちた目を向けるのか」
そんな目をしてたのか俺。てか見てんじゃねえよ。
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自室で俺はペンを鼻の下に乗せて考えていた。
朝方にローレンスとした問答が頭から離れない。
「俺は生活のために神父をやってる。お布施は大事だ。見返りがなければ助ける理由もない」
腕を組んで考える。
「なら、なんで俺はあの子にはそんな気持ちが湧かなかったんだ?」
いや、あの子はそもそも何も持ってない。金もないし働けるほどの体力もない。
ただのボロボロの子供だ。なのに、どうしてだろう。
「──」
少し教会の外が騒がしいと感じた。カーテンを開けて見ると、物々しい格好をした鎧姿の人間が5人。
「ん?」
──なんでここにあいつらがいるんだ。
教会には二種類の聖職者がいる。
まず、神官という大きな括りがあり、俺はその中の神父という位である。これは下から三番目、上から五番目の位だ。
一番上に教皇がいて、その下に枢機卿、大司教、司教、神父と続く。
ローレンスは助祭で俺の一個下だ。その下には侍祭または神官見習いと呼ばれる位がある。
そして、窓の外に見えるのが聖騎士。神官ではなく、騎士だ。
パラディンとも呼ばれる教会の執行機関。教会に於ける規律、自浄、正義を重んじるバリバリの武闘派集団である。
「……は、はは。ど、どうしたんだろ? 聖騎士の方々が一体何しに来たんだろうなぁ?」
口笛を吹きながら、俺は挨拶をする準備を急いで始める。
ちなみに聖騎士はもれなく神父より位が高い。
しかも、あの先頭にいる人物。
白銀の鎧に、白鷲の飾り羽。まさしく筆頭聖騎士である。
「やばいやばいやばい。なんだ? 俺なんかしたか!?」
聖騎士は規律を重んじる。そして、もちろん武力による粛清もする。
つまり、思い当たる節が多すぎる俺にとって、大変あかん状況ということだ。




