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俺はもう完全に理解した。神聖力を得る条件は他者を信じることだと。
「実は、旦那が帰ってこなくて。私はいい妻だったはずなのにどうしてでしょうか? 神父様も皆のように私が悪いと思いますか?」
「いいえ。私はあなたを信じます。あなたは正しい。あなたの旦那様が帰ってこないのは、きっと少し遠回りをしているだけでしょう」
「そうですよねっ……。やっぱり私を信じてくれるのは神父様だけです」
「ええ。よきにはからえ。それよりもお布施を」
「私、旦那を探します。これまでは待っているだけでしたが、それではダメなんですね。今日はありがとうございました神父様!」
「あの、お布施……」
爆速で去っていった主婦を見ながら、俺はふっとニヒルに笑ってみせる。
いいではないか。信徒の一人からお布施を貰えなかったくらい。俺は彼女を全面的に信じた。それだけでいい。
見てるか女神様。また一人、つまらん者を信じてしまった。今日も期待してますよ。
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「なんでだよ!」
俺は祈りのために組んだ手を離す。そして、地団駄を踏む。
「何がいけなかったんだよ! あのババア! 人を信じろって言ってたじゃねえか!」
どうしてだ。俺は今日数多くの人間に寄り添い、その言葉を信じた。そして、少し頼ってみたりもした。主にお布施をくれと。
だが、結果は神聖力としては0.0001パーにも満たない収入である。
「くそぉ。何がいけなかったんだ? 俺はちゃんと言われた通りにしたってのに」
何か俺の知らない条件があるのだろうか。それとも、心からその人を信じ、頼らないといけないというのか。
そんなの不可能である。なにせ俺は神聖力だけなら教会でもトップだ。俺より神聖力のある人間は見た事がない。つまり、なんでも出来るとも言える。
そんな俺が誰かを頼る必要がどこにある。そもそも自分のことで精一杯な村人や、ぼろぼろの信徒に何を頼ればいいというんだ。
「はぁ……もういいや。寝よ」
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「あ、あの神父様」
「……」
目の前にいるのは前日に相談を受けた主婦の旦那である。ちなみに、右足と左腕を骨折している。
「昨夜の事なんですが、友人の家で酒を飲んで談笑していたところ、妻が乗り込んできまして」
「へ、へえ」
「まるで魔物かのように一心不乱に飛びかかってきて、私に言うのです。私は正しい。あなたが間違ってる。私を信じろと」
うわー。こわーい。
「そ、それで?」
「友人の助けも借りて命からがら逃げ出したのはいいのですが、道中の坂で転んでしまってこのありさまです」
「つ、つまり、その怪我を治療してほしいということでしょうか?」
「あ、いえ。まあ、それもそうなんですが、それよりも妻は悪魔に取り憑かれてしまったのではないかと思い……」
これはまずいことになった。
「わ、わかりました。一応悪魔祓いをしてみますね。それで奥様はいずこに? ご一緒にはこられなかったのですか?」
「友人にも協力してもらって今は家にいます。ただ、情けない話なのですが……こ」
「こ?」
「怖くて」
「は、はは」
そんなところに善良な神父を連れていくな。
「とりあえず、骨折を治療しますね……」
「はい……お願いします」
くそ。また無駄に神聖力を使わされた。
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あの後、旦那さんと一緒に奥さんのいる家に向かい、体裁として悪魔祓いの儀式を行った。
一応は聖職者としての職務であるため、ここでも神聖力を使わされることになった。
しかもヒートアップしていく奥さんと旦那さんの板挟みになって、どちらの味方なのか問われる始末である。
なんとか双方を宥め、説法して一旦は纏まったが、めちゃくちゃ疲れた。
「本当にえらい目にあった……」
これは俺のせいなのだろうか。俺が安易にあの奥さんを信じると言ったのが原因なのか。
「そんな筈あるか。自分の妻の手綱くらい引いとけよ……」
それにしても、結局のところ話を聞くと奥さんの方も苦労していたようだった。
旦那さんは仕事に行かずに日々友人と酒を飲んで家族を蔑ろにし、しかもこの村に奥さんを連れてきたのは旦那の方だと言う。
奥さんは村に相談できる友人もおらず、仕方なく神父である俺に頼ったと。
まあ、奥さんもやりすぎだし、そんな奥さんに根掘り葉掘り聞かずに信じた俺も悪いのだが。
だが、信じるっていうのはそういうことではないのか。信じて、裏切られて、人は成長していく。
誰彼構わず信用するなんて馬鹿のやることだ。
女神が言っていた信じるというのは、そういうことではないのか。
「うーん」
完全に嘘を見抜く目があるなら、信用できる人間を見つけるのは簡単だ。
だが、現実はあろうことか、そんな目もなければ、そんな人間もいない。
なら、女神が言っていた他者を信頼するとは何を指すというのだろう。
「よっと」
俺は石を拾って空に投げる。
投げた石はそのまま落ちてくるだろう。俺はそう信じてる。
石が落ちてくるのは、それがこの世界の法則であり当たり前だからだ。つまり疑う余地がないということ。
これが他者のことになるとどうだろう。
「何も考えてない馬鹿なら、そりゃ疑うこともしねえだろうけどさ……いや、待てよ?」
そう考えると、酒を飲んでいる時は割と自分でも疑い深さは薄れる。馬鹿になれる気がする。
つまり、酒か。今の俺に足りないのは。
「そうと決まれば話は早い」
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「セネス様。ご所望の品をお持ちしました」
「ああ。ありがとうローレンス」
ダメ元で酒の手配を頼んでみたら、思っていたよりローレンスが乗り気だった。
なんて頼れる助祭なんだ。
「深酒にはお気をつけください。それではおやすみなさい」
「もちろん!」
苦笑しながら部屋を出て行くローレンス。
あいつ、俺が死ねと言えば死ぬんじゃないか?
「まあいいや。よし、飲むか」
コルクを神聖力で引き抜き、小気味いい音を聞く。
芳醇な葡萄の香りが鼻腔をくすぐる。
やばい。よだれがとまらん。
「いただきまーす」
瓶のままラッパ飲みしようと口を近づけた瞬間、目の前に閃光が走る。
部屋の中にいるのに天井をすり抜けて俺の目の前を縦断した雷が、ワインボトルを粉々に砕いて中身を蒸発させた。
「──!?」
あまりの眩しさに網膜が焼かれるところだった。
「は、はあ……? え?」
床を見ても、天井を見ても、今の雷によって何も影響は出ていない。
が、俺の指先は焦げ、ワインボトルは割れて床に散乱している。
「あっつう!!? 焦臭っ!? 葡萄の香りは!? なにこれ!?」
そこで俺は思い出す。
──酒を飲んだら?
──天罰の雷。
「……まじ? これ、こんなことあんの? うそ?」
つまり、あれは冗談でもなんでもなく、俺は一生酒が飲めないということだ。
「は、はは。ははは……」
なるほど。放心状態ってのはこういうことなのか。




