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大岩の撤去を始めて半日。
昼間に始めたはずなのに、今では日を跨ぐほどの真夜中である。
(やばい。舐めてた)
手のひらは槌やツルハシを振るうのでマメができては潰れてを繰り返してる。
足腰や腕もかなりガタがきてる。
ふと横を見ると、今にも倒れそうな村人が。
「は……腹が減って、力が」
倒れ込んだ一人の村人。ぜえぜえ荒い息を吐いていて、顔は青ざめて唇は血の気が失せている。
(し、死んでないよな?)
それはそうとみんな体力の限界だ。
それもそのはず、ろくに休憩も挟まず、飲まず食わずで働いていたのだ。
(くそっ。やっぱり無理なのか!?)
諦めかけたその時、村の方からたくさんの明かりが近づいてくる。
「お疲れ様です。村にいる女たちで食事を用意しました。汗を拭くタオルや水分も」
「ま、じか……」
単純な肉体労働になると思っていたため、俺は村の男衆にしか声をかけていなかった。なのになんで。
ふと横を見ると、誰よりも青い顔をしたローレンスが、槌を杖代わりにして親指を立てていた。
このやろう。いい仕事するじゃねえか。見直したぜ。
「もう一踏ん張りだ。やり切るぞ!」
俺の発破に村人たちも両手を突き上げる。
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思わぬ増援によってことなきを得た俺たちは、一心不乱に岩に楔を打ち込んだ。
その過程で出た瓦礫や、小さな礫は、村の女たちや子供が協力して運び出してくれた。
そして、日の出。
「割れろぉお!」
俺が思い切り振った槌で、大岩についに亀裂が走った。
「セネス様! 大岩が割れそうです! 離れてください!」
「ああ! わかってる! 周りにも避難を呼びかけろ!」
ローレンスの言葉に気づいた村人から、別の村人へ。伝搬するように「割れるぞ」の声が大きくなっていく。
視界を埋め尽くしていた大岩が、中心から真っ二つに割れ、その中から遥か遠くに見える日の出が顔を出す。
歓声よりも、静寂が支配した。
「あ、ああ」
「まじで、割れたのか?」
「俺たち……やったんだよな」
惚けている村人たちに発破をかける体力もなく、俺は地面に膝をつく。
(割れた。けど)
俺は力を振り絞って立ち上がる。
まだ終わってない。大岩は見るも無惨に真っ二つに割れたが、それでもまだ細かくして運び出す作業は残っている。
村人たちの体力はどうだろうか。
いや、ここまでやったんだ。中途半端にやめてたまるか。舐めんなよ女神。
落ちた楔を回収して、次は残った岩に突き立てる。
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「す、すげえ。なんだこれ」
「なんでこんなに涙が出てくるんだ」
「あんな聖職者、見たことない」
女神の使徒に選ばれた聖職者セネス・グレゴリウス。
教会でも限りなく高貴な神聖を持つ人間が、あんなにも満身創痍になりながら先陣を切っている。
汗に濡れ、手足を傷だらけにしながら、自らに神聖力を使わず、村人たちと同じように苦痛に耐えている。
その様が、村人たちには起こり得ない奇跡のように感じた。
村人たちが涙を流すのを見ながら、ローレンスは口を開く。
「神聖力は確かに尊く、強大な力。ですが、だからこそ、女神様はセネス様に祝福を授けたのではないでしょうか。あの方はこれまでも極力神聖力を使わずに信徒たちの悩みを解決してきました」
村人たちは頷く。
確かにセネスはこれまで神聖力をあまり使ってこなかった。それに対して不満を持つ信徒や村人もいた。
だが、まさかそれこそが意味のある事だとは思わなかった。
「あの方はこう言いたいのです。神聖力はただの手段に過ぎない。自分たちは何も変わらない、と。私たちには誰しも、親から与えられたこの体があるのです。まずはそこを信じるところから始めるべきなのだと。それが、信仰の始まりなのだと」
村人たちは涙を拭い、再び槌を手に取り、楔を握る。
もう村人たちの間に弱音を吐くものはいなかった。
こうして、日が頂点に差し掛かる頃、街道は再び人々の往来を許した。
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「ありがとうございました。セネス様。これで、我々商人も馬車を安全に走らせることができます」
「それはよかった」
「最後にこれを」
「……っ!」
商人が俺に差し出すのは、袋に入った金だ。
「お布施です。どんな形であれ、私たちの悩みを解決してくれました。私も少々骨が折れましたがね」
「はは。本当にお疲れ様です」
商人も途中からは村人に混じって労働していた。まさか自分まで働くことになるとは思っていなかったはずだ。
いい気味である。
「ですが、いいものでした」
「ん? いいもの?」
汗まみれになって、手のひらがズタズタになってよかっただと?
こいつマゾか。
「はい。私は村を行き来する商人です。商いというのは信用が大事ということはわかっているつもりでしたが、どうやら勘違いしていたようです」
「勘違い、ですか?」
「ええ。私は村人を信頼し、彼らのためにここで商売する意味はあると思ってました。もっと言うなら、それだけで十分だろう、と」
十分だと思うが。
「ですが、今日、この問題をセネス様に解決していただいて本当によかったと思っています。きっと、他の聖職者の方でしたら、こんな気持ちにはなれなかった。きっとこの村との付き合いは、永く、そして、もっといいものになっていくでしょう」
「そ、それはよかったですね。それはそうと……」
「どうされましたか?」
差し出されたお布施から目が離せない。
欲しい。酒、女、遊ぶ金。
「そ、そ、それは受け取れません」
「え……なぜですか?」
商人だけでなく、周りの村人たちもギョッとした表情を見せる。
それもそうだろう。聖職者は普通、お布施を断らない。
だが、流石にボロボロの商人や村人たちを見てると良心が痛む。
俺も同じように身体を張ったからわかる。これは生半可な労働ではなかった。
「知っての通り、あの大岩を退かすのに、私たちは一切神聖力を使っていません。それはつまり、これは人の営みであるという事です。ですから、あの……う、受け取れません!」
俺はお布施を無理やり押し戻す。
さよなら俺の金。
「なんとっ……! なんというお方だ」
「人の営みだと……?」
「最後まで、なんて方だ」
くそっ! でもここでお布施を受け取ったら流石にバツが悪すぎる。
本来なら神聖力で片付けられた問題を、村人たちを言いくるめて付き合わせたのだ。
神聖力を温存したいという利己心で。
これでお布施まで受け取ったら自分が嫌いになりそうだ。
「わかりました……。そういうことなら」
「あ、ああ」
視線が懐に消えていく袋に吸い寄せられる。
「本当にありがとうございました。神父セネス・グレゴリウス様。私は今日の出来事を決して忘れないでしょう」
商人はそれだけ言い残し、深々と頭を下げて去っていった。
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「まだ休まれないのですかセネス様」
礼拝堂にいたところ、ローレンスに質問される。
俺だってさっさと休みたい。が、そうはいかない。一日一度の祈りの時間。そこでしか神聖力は手に入らないのだ。
あの女神のことだからどうせまた豆粒みたいな神聖力しか与えないだろう。だが、豆も積もれば山になる。
欠かすわけにはいかない。神聖力は命より重いのだ。
「私は祈りを捧げてから休みます。ローレンス。今日はお疲れ様でした」
「いえ。私こそ、セネス様の助祭として働けて光栄の極みです」
何赤面してんだこの男は。
ローレンスも礼拝堂を出て、俺は祈りを捧げる。
「あー女神様。どうせゴミみたいな神聖力しかくれないならさっさと終わらせてください。俺は今日呆れるほど眠いのです」
──軽口を叩く体力はあるようね。
「んえ?」
その瞬間、視界が真っ暗になる。
まさかこれ。
「いらっしゃい。我が信徒たちの中に紛れる害虫さん」
視界が開けると、石の椅子に座る傲慢な女神がいた。
「なら貴方は女の姿をした食虫植物ですか?」
まさか、再び女神ヴィケと顔を合わせることになるとは。




