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信仰心ゼロの神父が聖人と呼ばれるまで  作者: 新田青


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 次から次に流れてくる訪問者たち。

 

「こんな小さな傷に神聖力を行使してくれるとはっ……! ありがとうございます。女神の使徒様」


「いえいえ。構いませんよ。それより次のかたー?」


「最近腰が痛くて……畑に出たいのですがどうにも」


 俺は神聖力を使って骨盤の歪みを矯正する。


「そんな、全く痛くない!?」


「これで畑で死ねますね。はいつぎー」


「息子が首都に武者修行をしにいくと言って聞かないのです。どうか説得してくれませんか?」


「まずは奥さんの疲れから癒しましょうね……次だ!」



 ————————————————


「ご無事ですか? セネス様?」


「ぶ、無事に見えるかなローレンス?」


 俺は礼拝堂の長机に突っ伏している。なんとか神聖力のパワーで押し切ったが、流石に300人はきつすぎる。


 やばい。死ぬ。こんなのが続いたらお布施どうこうより、体が保たん。


「とりあえず奇跡が必要な訪問客は粗方満足して帰られました。器は大丈夫ですか?」


 神聖力には貯めておく器がある。それがなければ神聖力を溜め込むことはできず、そして行使することもできない。


 神官の中では無茶な神聖力の使い方をして器が壊れるという事故もある。


「も、問題ない……ただ、ちょっと疲れました」


 器には問題ないが、神聖力を行使するのには精神力も使う。


「ですが、驚きました。やはり女神様の使徒になられたからでしょうか」


「ん?」


「今日は今までに見たことないほどの神聖力を扱われていたではありませんか。女神様の使徒となると、やはり膨大な神聖力を与えられるのですね!」


 ふざけるな。それは俺が元から持ってるものだ。あの女神は一滴も神聖力をくれなかったんだぞ。


 今までは疲れるから使ってなかっただけ。わかる?


 だが、そうも言えず、俺は乾いた笑みを浮かべる。


「そうですね。女神様の思し召しと言っておきましょう。それより、私は減った神聖力を取り戻すためにこれから祈りを捧げます」


「はい。私に何か手伝えることは?」


「お気持ちは嬉しいですが、祈りは女神様との聖なる対話です。あなたはあなたのやるべきことをしなさい」


「わかりました!」


 ローレンスは礼拝堂を出ていった。


「くそ……山ほど神聖力が削られた」


 これまで9割以下まで減らしたことはなかったが、今は半分まで減っている。


 雪崩れ込む信徒たちに一人一人、長々と説法をするわけにもいかず、力技で解決するしかなかった。


「女神様、見ていたでしょう。私はあなたの御心に従い、信徒たちを治療して問題を解決しました。さあ、神聖力を寄越せください」


 手を組んで祈りを捧げると、器に神聖力が流れ込んでくるのを感じる。


 いつもと違うのは女神の聖印が青白い光を放っているところだろうか。


 閉じていた目を開け、俺は自分の体の中にある神聖力の器を確認する。


「ふ……ふふははは」


 思わず笑いが込み上げてきた。


 増えた神聖力は全体の0.1%にも満たない。


「収支マイナスじゃねえか!!」


 俺は手袋を地面に叩きつける。


「なんでだ!? ちゃんと神聖力を使って信徒たちを治療したし、迷える子羊たちを導いただろ!? せめて使った分の神聖力くらい補充しろよ!」


 俺は頭を抱えた。


「あのクソ女神がっ……! そっちがその気ならわかった。見てろよ……」


 俺は決意を固める。


 増える見込みがないならどうするべきか。


「俺はもう神聖力を使わん!」


 使えば無くなるなら、使わなければいい。



 ——————————————

 


「神父様。どうか奇跡を」


 翌日も同じように訪問客が絶えない。


 その中でも、商人の一行が来た時、俺は嫌な予感がしていた。


 村から少し歩いたところにある街道で、俺は首を持ち上げた。


「街道にどうしてこんな大岩が……?」


「それが、崖の一部が崩れたらしくて」


 この街道は峡谷に挟まれている。上空を見上げると、確かに不自然に欠けたような崖が見える。


「迂回することはできないのですか……?」


「別のルートもあるにはあるのですが、ここは唯一の街道なので、馬車が安全に通れないとなると物資の値段が高騰する可能性が……」


「へ、へえ」


 ただでさえ辺境の村だ。食料品や生活用品の値段が上がれば、民の財貨が消える。


 そうなれば教会への余波も考えられる。


「どうか神聖力で解決してくれませんでしょうか?」


 俺は商人たちを見る。


 この商人たちは他とは違い、定期的に村に訪れてくれる人たちである。比較的いい付き合いと言えるだろう。


 だが、そんな人たちでも身銭を切ってまで今まで通りの商売を約束してくれるだろうか。


 いや、そこまでお人よしはいない。


「……」


 だが、目の前の大岩をどかすのに、どれだけの神聖力が必要になるか。


 神聖力は使えば減る。補充は期待できない。何か方法はないだろうか。


「あ、そうだ。ローレンス君」


「はい。なんでしょう」


「君、あの岩、どうにかできそう?」


「……」


 険しい顔をして押し黙るローレンス。


「ほら、助祭とは言っても神聖力はあるわけじゃん?」


「も、申し訳ありません。セネス様」


 ダメか。


「うーん」


 俺は頭を捻る。


 神聖力は使えない。というか使いたくない。奇跡を使わずに、俺にできることは何かあるだろうか。


 あ。


「ローレンス君」


「はい」


「村の若い男衆を集めてくれるかい? あと、石工職人がいたら、楔と槌などの道具をできるだけ用意してもらって」


「はい。仰せのままに」


 村へと走って行ったローレンスを尻目に、商人が訝しげに聞いてくる。


「神父様? あの、何をなさるおつもりで?」


 仕方がないだろ。奇跡は使えない。なら、俺にあるのは説法と、この身体だけである。


「昔ながらのやり方でいきましょう。大丈夫です。だって、こんなにも沢山の人がいるのですから」


 楔で岩を割り出して、街道から運び出す。


 俺だってこんな原始的なやり方したくないさ。でも仕方ない。神聖力は大事なのだ。



 ——————————————

 


「よく集まってくれた」


「あの神父様。どうして俺らはここに呼ばれたんですか?」


 村の若い男が手を上げる。

 

「いい質問だ。君たち、街道を塞ぐあの大岩が見えるかな?」


「はあ。もちろんです。商人や外からくる人たちが話してました」


「そこまで知ってるなら話が早い。あの大岩のせいで商人の往来に影響が出ている。その他の訪問者や、村の外に出ていく人たちの間でも」


「は、はあ」


 まだ何を言いたいのか理解してない様子の村人に、俺は声を張って伝える。


「これは村の一大事です。だから、あの大岩をどかします。村のみんなの力で」


 俺の言葉に村人たちに動揺が走る。


 その気持ちはわかる。


「石工の俺が呼ばれたのでなんとなく予想はしていましたが……あの、こんなこと言うのはなんですが、神聖力でやればいいのでは?」


 そう。確かにその通り。その疑問はもっともだ。


「確かに貴方たちの言うとおりです。神聖力が乏しいローレンス助祭ならばいざ知らず、私は女神様に認められた使徒です。神聖力を使えば容易いことです」


 なじったローレンスが頭を掻いて赤面する。


 なに照れてんだ。褒めてねえぞ。


「ならなぜ?」


 くっ。わかってはいたが、手強い。


 だが、俺はこれまで神聖力をできるだけ使わずに、説法で教会を切り盛りしてきた神父だ。


 舐めるなよ。


「それは……」


「それは?」


「──団結のためです」


「団結……?」


「ええ。まず、私が商人の方々から話を聞いた時、私は凄く残念に思いました」


「そりゃ当然でしょう。問題が起きたんだから」


「問題そのものにではありません。私は、誰か一人でも、この問題を重く受け止め、商人の方々に寄り添い、自分に何か出来ることはないかと、動き出す方がいなかったのが残念で仕方がないのです」


 村人たちの間に気まずさが流れる。


 ふふ、怠惰な村人よ。そうだ。もっと後悔しろ。そして、自分を恥じろ。


 人は自分のためにしか動かない。自分が大事で、自分が可愛いのだ。それが本心なのだ。


 だからこそ、聖職者である俺の言葉は響くだろう。


「女神は言いました。人を愛せ、と。そうすることで、本当の意味で自らを愛せるのだと」


「……」


「貴方たちの中に、愛を知るものは本当にいますか?」


「そ、それは」


「これは由々しき事態です。女神様に認められた私がいるこの地で、教えが行き届いていないのは私の責任でもあります。それは謝罪しましょう」


「そんな! 謝らないでくださいセネス様」


 腰を深く曲げて村人や商人たちに謝罪の意を示す。


 示すだけだが。


「そこで私は考えました。これはいい機会だと。さあ、皆さん、槌を持つのです。石工が持ってきた楔を打ち込み、あの大岩を割り出しましょう。奇跡ではなく、人の力で!」


「けど……あんな岩、俺たちだけで退かすなんて……」


 まだ動けない村人たち。


 泣き言を言いやがって。やれるかどうかじゃねえ。やるんだよ。


「勿論強制はしません。ですが、忘れないでください。どんな時でも女神様は見ておられることを。今日ここで槌を持たなかった者に、村の明日を憂う資格があるでしょうか?」


 わからねえなら見せてやる。


 俺は石工が持ってきた楔と槌を手に取り、大岩へ近づく。


 目の前で見ると壮観である。めちゃくちゃでかく見える。


 槌を振り上げ、楔を打ち込む。


 跳ね返ってくる硬い反動に手が痺れる。


(いってえ!!!)


 危うく槌を落とすところだった。


 だが、辞めるわけにはいかない。これは、村全体の意識の話だ。これからも神聖力を節約するためには、それを納得させる理由が必要だ。


 これがその第一歩になる。だから、手は抜けない。


 全力で楔を打ち込むたび、額から汗が流れる。


「貴方たち。本当にいいのですか?」


 後ろからローレンスが村人に話しかけているのが聞こえる。


「この地で最も女神様に近いお方であるセネス様が、ああやって行動で示している。なのに、あなた方は、今もなお、自らの怠惰な心に打ち勝てずに縮こまっている」


「……くっ」


「セネス様はおっしゃいました。これは村全体の問題だと。つまり、これは単なる災難ではないのです。これに人の力で打ち勝つことこそが、女神様の与えた試練なのではありませんか?」


 ナイスアシストだ。ローレンス。


「やってやろうじゃねえか!」

「俺もやるぞ!」

「岩がどうした! 俺たちの村は、俺たちの力で守るんだ!」


 なんだ。やりゃできんじゃねえか。


 俺の予想通り、村人たちも動き出した。


 みんな、覚悟を決めた目で、大岩に挑み始める。


 勿論ここまで一切神聖力は使ってない。


(ふはは。これが人の力だ! 見てろよ女神!)


 


 


 

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