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頭が痛い。いや、これは二日酔いの痛みか。
「神父様! 大丈夫ですか?」
「……え? あ、ああ。大丈夫です」
助祭に起こされ、俺は頭を押さえたまま考える。
あれは現実だったのか。それとも夢だったのだろうか。
よくよく考えてみれば、女神ヴィケが人間の前に姿を現すなんて、ここ数十年で一度も起きてないことだ。
それがまさか、女神に悪態をついて、教会のお布施をちょっとばかり使ったくらいで呼び出されるなんてあってたまるものか。
「そうか。悪い夢だったんだ。はは」
俺に向けて心配そうな目を向ける礼拝堂の信徒たち。
そのうちの一人が俺を指さして「あっ!」と声をあげる。
「ん……? ってなんだこれ!?」
俺の右手の甲に、何か模様が浮き出ている。青白い光を放つ翼の生えた天秤のような模様。
まずい。
「これはまさか……正義と慈愛の女神ヴィケ様の聖印!?」
助祭が口元を覆ってあわあわと口を開閉させる。
ふざけるな。でかい声で言うんじゃねえ!
「まさか本当に?」
「翼と天秤の聖印だ!」
「セネス神父が、ヴィケ様の……女神の使徒って事なの!?」
目を輝かせ、まるで奇跡でも目の当たりにしたかのように涙を流す一般信徒たち。
くっ。まさか夢じゃないのか。
だとしたらなんて真似をしやがるあの女神。
こんな片田舎の教会で女神の使徒だと。
「やばい、やばいっ」
思わず独り言が漏れる。
俺はほどほどに忙しく、ほどほどに羽目を外せるならそれでいいのだ。
なのに、きっと俺の予想通りなら、これからこの教会はとんでもないことになる。
「おめでとうございますセネス様! ああ、まさか私が助祭を務める神父様が、女神様の使徒として選ばれるなんてっ……! なんて幸運なのでしょう!」
「助祭君。君、なんて名前だっけ?」
「え? 私はローレンスですが?」
「……だ」
「ん? 何かおっしゃいましたか?」
「箝口令だ!! ローレンス!」
惚けるローレンス助祭を尻目に、俺は礼拝堂を駆け抜ける。
この噂を聞きつけた各地の巡礼者、奇跡を欲する者、野次馬根性丸出しの民草が雪崩れ込むだろう。
まずは噂が広がるのを避けなければならない。
「ちくしょう! ふざけやがってあのクソ女神!」
女神の使徒だと? あのヒステリック女の?
まさかこれから俺がどんなに趣向を凝らして説法しても、女神の言葉として受け取られるのか。
手柄の横取りじゃねえか。
しかも、女神の使徒が現れたなんて話、生まれてこのかた聞いたことはない。つまり、それだけ人々の関心を集めるということだ。
人の目が多ければ多いほど、俺は聖職者としての立ち振る舞いを求められる。
視界に聖印が映る。
「焦るな……まずは手袋を買いに行こうっ」
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翌日の朝。
「あの、神父様?」
「あ、ローレンス君。どうかしたのかな?」
「いや、いつもはこの時間なら村を回ったり、巡礼者への案内をするのにどうしたのですか?」
俺は今、教会の最高責任者の部屋に閉じこもっている。
この教会には神父である俺以上に格が高い神官はいない。つまり、実質俺の部屋とも言える。
「いやね。俺も少しは体を休めないといけないなと思って。最近働き詰めだったからね」
「はあ。まあ確かに、祈りの最中にも倒れられましたもんね。あ、そうだ。祈りといえば晴れて女神様の使徒となられたわけですが、何か神託はございましたか?」
神託だあ?
「いえいえ。これまで通り、教会のため、女神のために手を尽くせと言われただけです。ははは……」
「ふむ。ならば、セネス様の助祭である私も、その神託に恥じない働きをする必要がありますね」
「それはどういう?」
「セネス様がしっかりと体を休められるよう、私が仕事を一部肩代わりいたします。神聖力はセネス様には及びませんが、巡礼者の案内や、訪問者への洗礼などは私でもできましょう」
その言葉に衝撃を受ける。
「君……やれるのかい?」
「勿論です。身も心も女神様に捧げた身。そしてその女神様に認められたお方のために働くのは、もちろん女神様のご意志に寄り添うことになりましょう。セネス様はどうかお身体をお休めください」
なんていいやつなんだ。これまで名前を知らなかったのが恥ずかしいくらいだ。
「ローレンス君。頼みます。私は更なる脅威に備えるため、神聖力を温存する必要があります」
「はい。お任せください」
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「申し訳ありませんセネス様!」
ん?
「ローレンス君。ど、どうしたんだい? 意気揚々と出ていってまだ2時間しか経ってないけど……?」
「それが……あまりにも教会を訪れる人の数が多く、私だけではっ……! なんて不甲斐ないっ!」
前言撤回だ。
なんて使えねえんだ。
「因みに、今待機している訪問者の方は、どれくらいの数が?」
平時は多くて30人程度。少なければ5、6人だが。
「300人です」
あれ?
「ふむ。すまないね。ローレンス君。少し耳が遠くなったようだ。30人で間違いないかな?」
「いえ。300人です」
……。
執務室の窓は閉め切っている。
そのカーテンを少し開けて覗き見ると、なんとも壮観な光景が広がっていた。
最後尾がわからないほどの長蛇の列。
「は、はは」
乾いた笑いしか出てこない。
「どうかお力を。セネス様」
もはやローレンスの声など聞こえない。少し窓を開けただけで訪問者たちの声が怒号のように鳴り響いている。
「女神の使徒様!」
「セネス様! どうか病を!」
「瘴気の被害が深刻なのです! 浄化を!」
「私の息子を治してください!」
もはや暴徒にしか見えない。
半ば予想通りの悪夢だ。
「いっそ逃げて」
──天罰。
くっ。女神から言われた言葉が頭から離れない。
「セネス様?」
「ふ、ふはは。もうどうにでもなれ! 行くぞローレンス!」
「はい! セネス様!」
──今の所、真面目だけが取り柄の助祭を連れて、いざ決戦の地へ。
なんでこんな戦士みたいなマインドで行かないといけないんだ。俺はただの神父だぞ。
「神聖力……持つかなぁ」




