2
ポカンとしたまま、俺は口を開く。
「……本当に女神様なん、ですか?」
「そうよ。あんたが心の中で悪態をついてきた女神よ。どう? 少しは状況が理解できた?」
本物なのか。いや、でも確かに女神像に似てる。長い絹のような青色の髪、天女のような羽衣。舞姫のようなすらっとした手足。
そして、手に持つ殴られたら痛そうな白銀の杖。
「あ、あの女神様」
「なによ?」
「ところで俺はどうしてここにいるんですか?」
杖の石突で地面を鳴らした女神。
「ひっ」
「はあ!? あんた自分が呼ばれた理由もわからないの!? 鳥頭なの!? 石ころ!? 脳みそあんの!? それとも私に喧嘩を売ってるのかしら!?」
なんだこのヒステリック女は!?
「そ、そんなことないです! 喧嘩を売るなんて畏れ多い。そうではなくて……もしかして俺は女神様を怒らせる様なことをしてしまったのでしょうか?」
「あんた本気で言ってるの? ねえ? それともわからないふりをしてるの?」
考えてみれば割と女神のことをボロクソ言ってたな。
「あ、あれは言葉の綾というか? なんていうか、心の中で言っていただけで」
「あのさぁ!? 心の中だろうと言っていいことと悪いことがあんでしょ!? ていうかそれもムカつくけど、私に他に言う事があるでしょ!?」
罵倒してた事じゃないのか。これは困った。俺が他に何をしたっていうんだ。
うーん。
「俺がなんかしたんですか?」
「く〜〜。もういいわ。ここで殺す」
女神が杖の先を向けてくる。白銀の杖から明らかにヤバそうな光が出ている。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 正義と慈愛の神である貴方が何するつもりですか!?」
「じゃあ聞くけど、信者のお布施を使って色街に遊びに行ってたのはなんなの? それだけじゃないわ。神聖力をろくに使わずに信者を騙すようなことをして」
え?
「お言葉ですが女神様。それが問題なら俺にも言いたいことがあります」
「は、はあ? 言ってみなさいよ? ええ? どんな理由があってあんなことしてたのか。言葉は選びなさいよ?」
怖え。目元が痙攣してやがる。
「まず一つ。街で豪遊していたのは、教会の余剰資金であり、運営には問題はありません」
「屋根の一部が壊れてるけど?」
「あれは暇な信者に補修させればいいだけです。タダなのになんで金をかけるんですか?」
女神の額に青筋が浮かぶ。
「……」
「あ、あの? 無言で杖を向けるのやめてもらっても?」
「続けなさい」
「じゃ、じゃあ二つ目。神聖力を使わないのは、シンプルな問題です」
「シンプルな問題?」
「俺が疲れるからです」
「──殺す」
「待って下さい。冗談です」
やばい。まじで殺される。一瞬本気の殺意にうなじから一気に汗がふき出た。
「さあ、納得のいく答えを」
俺は頭をひねる。
「……俺は、彼らに自分たちの力で立ち上がって欲しいのです。教会、ひいては神聖力に頼りすぎるのも考えものだと思います」
「……それで?」
「それに、俺の説法を聞いて信者たちは奇跡に触れずともお布施を投げるでしょ? それは救われてるってことじゃないですか? 俺も神聖力を温存できるし、それで収まるならよくないですか?」
俺の言葉に女神はしかめ面のままため息を吐く。
「確かに。力に頼りすぎるのはよくないわ」
「そ、そうですよね? つまり俺は敢えて、神聖力を使わないことで彼らの自立心を育てているんです。隣人を愛せとか言いますけど、実際隣人ってあんま助けてくれないでしょ? 損得が絡めば誰だって簡単に裏切るし、やっぱり最後に信用できるのは自分だけなんです。みんな自分だけを愛するべきなんです!」
俺はこれまで生きてきて、今ほど自分の饒舌ぶりに感謝したことはない。
「もっともらしく言ってるけど、あんたのそれは心が伴ってないじゃない。口の上手い詐欺師と何が違うって言うのよ?」
「詐欺師とは人聞きの悪い」
「あんたねえ。神官なら信者の心得というものがあるでしょ? まず何が根っこにあるのかちゃんとわかってるのかしら? 信心よ。それを蔑ろにしてるのはどう説明するつもり?」
信心。信じる心。ふむ。確かにない。心が読める女神にそれは分が悪すぎる。
返す言葉もないとはこのことだ。
「あの……ちなみになんですけど、そんなに俺のことが気に食わないなら、なんで今まで神聖力を与えて下さったんですか?」
「あげたくてあげてたわけじゃないわよ。あんたの神聖力との親和性が高すぎて勝手に流れていくの。あんたをここに呼べたのもそのお陰だから複雑だけど」
「つまり、女神様が俺に神聖力を与えていたわけではないと?」
「そう言ったでしょ。あんたが勝手にくすねていったのよ。じゃなきゃ私を信仰してるわけでもないあんたになんで神聖力を与えるのよ?」
今は冷静になる時、と思っていても思い通りにならないのが人間である。
「ふざけんなこのバカ女神! じゃあお前なんのためにいんだよ!? お前の力がなくても神聖力が手に入るなら誰がお前なんて信仰するかバカタレ!」
言ってやった。今までも溜まっていた鬱憤を全てぶちまけた。
そもそも神なんて祈ったところで人間には何もしてくれないのだ。今までは神聖力がもらえるからやってたが、そうじゃないなら話は別だ。
信仰心だと?
馬鹿らしい。
「言いたいことはそれだけ?」
「うっ……」
目が完全に据わってやがる。ここだけ見たら邪神だぞ。
「あんたには何を言っても無駄なようね。決めたわ。あんたに天罰を下す」
「やれるもんならやってみやがれ! 俺はこれからも何を言われようが変わらねえからな! なーにが女神だ! 顔がいいだけのヒステリックババ──」
「あんたの神聖力を奪う」
ん?
「あの?」
「なによ?」
「神聖力……奪えるんですか?」
「当たり前でしょ。私は女神よ。あんたから根こそぎ神聖力を取り上げて、教会で働けないようにする。汚物は取り除けばいいのよ」
「ちょっと待ってください。ごめんなさい。俺が間違ってました。本当にすみません女神様。どうかそれだけはお許し下さい」
土下座する。
ふざけんな。そんなの反則だろ。
神聖力を失った教会の人間は辞職するしかない。というか、女神が信徒から神聖力を奪うなんて聞いたことないぞ。
「ふう。まあ、私も本心ではそうしてやりたいんだけど、慈悲を与えてやってもいいわ。神は二面性を持つというでしょう?」
「慈悲……?」
「ええ。貴方の神聖力を取り上げない代わりに、これからは貴方の神聖力を私が管理する。つまり、貴方が道に背くような行為を行った場合、その分のペナルティを課す」
「酒を飲んだら?」
「当然天罰の雷」
「色町に行ったら……?」
「二度は言わないわ」
「くっ……」
首輪を繋がれた犬じゃないんだぞ。なんでこの歳になって生き方を制限されないといけないんだ。
「けど、罰を与えるだけじゃ人が変わらないのも知ってる。だからこそご褒美も用意しないとね。貴方がもしも信に基づいて善行を成し、徳を積んだなら、その分の神聖力を貴方にあげましょう。どうかしら?」
つまり、行動を改めて女神や、教会のために動けばそれだけ神聖力がもらえるということか。
あたかも褒美のように言ってるが、実質ただ制限を掛けられただけじゃねえか。どっちが詐欺師だ。
「それは」
「──嫌なら神聖力は根こそぎ奪う。二度と祈りによっても神聖力を得られないように私が全力で堰き止める」
「女神様の仰せのままに」
ちくしょう。なんで俺がこんな目にあわないといけないんだ。
「じゃあ、そろそろ目覚めの時間よ。二度と会うことがないといいわね」
「呼んだのはそっちだろ……」
「なんか言ったかしら?」
「いえ。はは。また会いたいです女神様」
「心にもないことを……」
「あ、そうだ。最後に質問なんですけど、どうして俺は神聖力の加護を受けられないんですか?」
ずっと気になっていたことだ。それさえ出来れば完全無欠だというのに。
「馬鹿ね。そんなのあんたに信仰心が無いからに決まってるでしょ」
「え? つまり、女神様を敬ってないから?」
「はぁ。本当に、こんなのにあれだけの親和性が与えられるなんて。世も末だわ」
「それは俺が素晴らしい人間だからではないでしょうか女神様?」
「さっさと消えなさい」
突然足元に暗い穴が現れた。
「くっそ! ふざけんなぁあ!」
最後の悪態を最後に、俺は伝説で語られるヴィケの黄金神殿を後にしたのであった。




