13
聖騎士に拘束されている二人。
「話は聞いた。聖騎士に対して孤児による職務の妨げがあったと」
「待て……待ってくださいよ? だってさっき不問って言ったじゃないですか……?」
「それはお前が聖騎士に対して神術を撃ったことに対してだ。そこの孤児は別だ」
くそ。油断した。これがこのジジイの手口か。
「……」
「申し訳ありませんっ。セネス様」
「セネスさまあ!」
唇を噛む。血が出るほど。
「はっ。いい目だ。理解したか? セネス・グレゴリウス。お前が女神の使徒だろうがなんだろうが、自分に付き従う助祭一人、孤児一人でさえも救えん」
このジジイ。
くそっ。冷静になれ。この部屋の聖騎士は四人。いや、元とはいえ、イグニスも入れれば五人か。
光の弓矢はネタが割れてる。
だが、俺にはまだ奥の手がある!
いけるか。
ちらりとヒルデとローレンスを見る。
「セネス様……」
「うわぁあん! 助けてセネスさまぁ!」
だめだ。無理だ。危険すぎる。二人とも相手の手の内なのだ。俺が下手に動けば即座に危害を加えるだろう。
殺すとまではしなくとも、指の一本や二本は必ず折る。イグニスの目を見るとそれが確信できる。
「セネス、お前の罪はさっき言った通り不問だ。協力要請の拒否もまあ許そう。だが、孤児は規律に則って罰を与える。そして、そこの助祭もだ。今、孤児を逃がそうとした罪によって罰が生まれた」
「ただの屁理屈じゃねえかっ……!」
「屁理屈だと? はっはっは! 驚いたな。ヨハネスの弟子がそんな事を言うのか」
俺一人なら切り抜けられる。
だが、それをしたら二人が。
「……二人に少しでも手を出してみろ。必ず脳天に風穴を開けてやるっ……」
「ふむ」
イグニスが観察するような目で俺を見る。嫌な目だ。まるで見透かされているような気分になる。
「──ここらが潮時か。セネス。一つだけ儂の方から提案してやろう」
「提案?」
「ああ。お前がこの度の協力要請に応じるなら、あの孤児も、助祭も、今すぐに解放してやってもいい。これまでの罪は全て清算し、これ以降手は出さんと約束しよう」
「……ぐっ」
これが狙いか。最初から、ここに持ってくるために。
「ははは。ふんずまった様な顔をしおって。それで? どうする? 儂はどちらでも構わんぞ?」
ここまでのやり取りを経てわかったことがある。
貴賓室の扉の前になぜ聖騎士を立たせたのか、連れて来た聖騎士の残りはなぜ一緒に来なかったのか。
しかも示し合わせたかのように指を鳴らして連行されて来た二人。
この用意周到さを見れば、目の前の男が目的のためなら手段を選ばないこと男であることがわかる。
(くそ。協力要請なんて絶対にろくなことじゃない)
「協力要請って言いましたよね。俺に何をさせるんですか……?」
まずは時間を稼ぐ。それしかない。
「甘ったれるなセネス・グレゴリウス。話も聞かずに断ったのだ。なら、何も聞かせずに連れていく。まだ自分の立場がわかっとらんのか? お前ができることは二つに一つだ。儂の提案を飲むか、それともそこの二人を見捨てるか」
「お、俺は……」
だめだ。絶対にやめておいた方がいい。こんな悪魔のような男に従って中央神殿に行くなんて。
女神の使徒であろうがお構いなしの男だ。危険だ。そんな男の腹の中に飛び込むなんて考えられない。
ローレンスはただの助祭で、ヒルデはどこにでも孤児だぞ。
まだ出会ってから長い時間が経ってるわけでもない。あいつらが一体何をしてくれた?
ここで二人を助けたからって何が返ってくるって言うんだよ。
「……う、ぐぐ」
俺は決めたはずだ。
自分だけを信じるって。自分の力で生き抜いていくって。
誰かを信じるなんて馬鹿なことだって、あの時嫌というほど学んだだろ!
「仕方ない。そう長くは儂も時間を取ってやれんのでな。今回は縁がなかったと思っておこう。おいお前たち。二人とも連れて行け」
聖騎士に連れて行かれるローレンスとヒルデの怯えた目が、俺を射抜く。
思わず長椅子から立ち上がった。
くっそ!!
「待てっ!」
「なんじゃ? あの二人はお前にとってどうでもいいんだろ? たかが助祭、たかが孤児。人知れず消えたところで誰も気にはしない」
くそくそくそくそくそ!
「……待てよ! い、行くからっ……! 俺が中央神殿に行けばいいんだろ!?」
「口の利き方がなっとらんな」
「わ、かった……わかりました。だから、どうか、その二人は……ローレンスと、ヒルデの罪はお許しください。どうかお願いしま、す。イグニス枢機卿……」
俺は地面に手をついて土下座する。
二人の顔を見るのが怖い。情けない。なんて俺は情けないんだ。
俺は強い。誰よりも膨大な神聖力を持ってる。誰よりも巨大な器を持ってる。
なのになんだこのザマは。
「よかろう。二人を解放しろ」
「はい」
自由になった二人が駆け寄ってくる。
「セネス様!」
「セネスさまぁ!」
二人に抱きつかれ、俺は何故だか力が抜けた。
バクバクと音を立てていた心臓が少しずつ落ち着きを取り戻していく。
わんわんと泣きつく二人の背中に、俺は腕を回す。
「ごめんなさいっセネス様! 私が、私のせいで!」
「うわぁぁん。セネスさまぁぁあ!」
ちくしょう。疲れた。
でもよかった。今はただ、二人が無事でよかった。
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部屋の外から中を覗き込み、イグニスは呆れたように口を開く。
「なんじゃ、儂が悪者のようではないか」
「まごうことなき悪者ですよ。イグニス枢機卿。本当に人が悪い」
「ふん。少し揶揄っただけではないか。それに、やつを見てると、若き日の自分を見てる様で気分が悪い」
「驚きました。イグニス枢機卿にも若い頃があったのですね。産まれた時からその姿だと思っておりました」
「んなわけがあるか! ふん。そうだな。お前の言うとおり儂だけが悪者だ。それでいい。あーあ」
「拗ねないでくださいよ。可愛くないですよ」
「ちっ。老人は労われと教わらなかったのか?」
イグニスは肩を寄せ合う三人を見る。
「まあ、儂の若い頃よりかは、ちっとばかしマシかもしれんな。あれがヨハネスの弟子か……」
「似ておられますね。恐れがないところといい」
「教皇にステンドグラスが見えないから退けと言った男だからな。はっはっは。まあ、とりあえず今はそっとしておいてやろう。どうせ中央神殿に来たら息つく間もないからな」
「セネス・グレゴリウス殿は、本当に探しておられる方なのでしょうか」
聖騎士の言葉に、イグニスは眉を顰める。
「さあな。儂はそもそも、面白い男だと思ったから顔を見に来ただけだ。予言などどうでもいい」
「どうでもいいとは……教皇様にまた小言を言われますよ?」
「知るか」
「はあ。それじゃ、問題は起きなそうですし、私は先に戻りますね」
「ああ。リリィ。あの男をよく見ておけ。きっとお前の成長につながる」
リリィ・テラスノヴァは部屋の中を見つめるイグニスに訝しげな視線を送る。
「はあ? そうですか。じゃ」




