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「セネス様。あの、伝書が届きました」
「あとじゃだめかな?」
「セネス様! たかいたかいして!」
今はせっかく少しだけできた隙間時間にヒルデと遊んでいるのだ。
なのに伝書だと。誰だこんな時に手紙を送ってくるのは。
「差し出し人は?」
「そ、それがですね」
「?」
「あ、あの……イグニス枢機卿です」
……。
「え」
「……よ、読み上げますか?」
「ちょっと待ってくれ。イグニス枢機卿って言ったか?」
「はい……」
「間違いないの?」
「確認されますか?」
差し出し人を見る。
確かにイグニス枢機卿からの手紙だ。
「……ローレンス君」
「はい」
「もしかしてさ。聖騎士たちが来たのって、この方の命令なのかな?」
「たぶん……」
嘘だろ。
イグニス・ベルトラード。
元聖騎士団長であり、現在は3人いる枢機卿の一人である。
武人上がりの巨大な体躯に、悪魔のような恐ろしい顔の禿げたおっさんだが、俺は一度だけ遠目に見たことがある。
俺も自分を善良な神官だとは思ったことはないが、あの人は俺とはレベルが違うと思った。黙っていても悪意の滲む圧倒的なまでの悪人面なのだ。
「……ヒルデ。ピクニックに行こっか?」
「ピクニック! わーい! いきたーい!」
「あの、セネス様?」
「じゃ、そういう事だから。ローレンス君あとは頼んだよ」
「ちょっと待ってください! とりあえず手紙を読んでみましょうよ!?」
何言ってんだこの助祭は。
「読まなくてもわかる。俺さ。自分の寿命はあんまり知りたくないタイプなんだよね? ローレンス君は知りたいの?」
「物騒なことを言わないでください! それに、まだ何かお咎めがあると決まったわけではないでしょう?」
「決まってるだろ! 俺が何したと思ってるんだ!? 職務中の聖騎士に神術撃っちゃったんだよ!?」
「後悔してないって仰られてたじゃありませんか……」
「くっ」
まあ、ヒルデを助けられたし後悔はしてない。
けど、それとこれとは話が別だろ。
「とりあえず、セネス様が読まないなら、私が読みますね」
こいつ、すげえ胆力だな。俺だったら怖くて開けらんないぞ。
「で……? なんて書いてある?」
「ええと。短い文ですね。なになに? 明朝、赴く。用があるため、老骨に鞭を打って来た。逃げれば、追手を差し向ける……だ、そうです」
……。
「だ、そうです。じゃねえよ!」
「いえ、でももう仕方ないのではありませんか? 来いと言ったのはセネス様なので」
ぐぬぬ。
「ヒルデ。必ず、ピクニックに行こうな? 約束だぞ」
「うん! セネス様とピクニック! 約束! ねえいつ行くのー? いつー?」
「そうだなぁ。とりあえず……嵐が去ったら、かな」
自分で言っててなんだが、これって死ぬ前にやるやつじゃねえか。
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明朝、何人かの聖騎士を連れてやって来たのは、耳が天をつくほど尖った悪魔のような見た目の老人だった。
「イグニス・ベルトラードだ」
貴賓室に通して、とりあえず対面に座ってもらったのだが、なんだろうこれは。
でかい。本当に人間なのかこのジジイ。
「あ、あはは。セネス・グレゴリウスです。枢機卿」
やばい。紅茶の味が全然わからん。
しかも貴賓室に入るなり、ローレンスは閉め出され、部屋には俺、イグニス、扉の前に聖騎士二人である。
これ、まじで殺されるんじゃねえか。
「話は聞いている。ヨハネスの弟子なのだろう?」
まさか、ここでその名前が出てくるとは。
「あ、一応はい。弟子っていうほどなんか教わった記憶もないですけど」
「ははは。そうだろうな。あいつが何かを教えられる人間だとは到底思えん」
枢機卿が笑う度に教会が揺れてる気がする。
「よ、ヨハネス師匠と交流があるんですね?」
ひとまず安心した。師匠の友人ならもしかしたら今回のことも許してくれるかもしれない。
「まあな。やつとは戦場でお互いの背中を狙い合った仲よ。何度こいつだけは殺してやろうと思ったことか」
やばい。ちびりそう。
これダメなパターンや。
「は、はは。へ、へえ? それは仲のよろしいことで」
カップを持つ手が震える。
尖った耳、落ち窪んだ先にあるギラついた目。そして、つるっつるの頭。
なんか夢に出てきそうだ。
「今回の件に関してだが──」
「は、はい!」
俺は背筋を伸ばす。
「不問とさせてもらおう」
体の力が抜ける。
助かった。
「あの、それじゃお帰りいただいて?」
「なんだ? 儂といるのは気まずいか?」
「いえいえ。用件も聞いたことですので。枢機卿も忙しいでしょ? 私もお恥ずかしながら最近少し多忙の身で」
頭を掻きながら愛想笑いをすると、イグニス枢機卿の視線が俺の右手に注がれる。
「それが女神の使徒たる聖印か」
「え? あ、はい。そう、らしいです」
イグニスは聖印を見ながら、自らの顎髭を撫でる。
そして、ニヤリと笑みを浮かべた。
「セネス神父。お前の右手を今から切り落としたとするなら、女神は怒ると思うか?」
──なにをいっておられるのか。
「そ、それはまあ、女神様は私の行動を見てくれてますからね? お、怒ると思うけどなぁ?」
やばい。冷や汗が止まらない。
「冗談だ。はははは!」
「よ、よかったあ。枢機卿も人が悪いですね。はは」
「そうだ。儂は悪い人間だ。だがそれがどうした? 悪を討つのにこちらが善であり続ける道理もないだろう?」
「確かにその通りでございます」
野蛮すぎる。
もう早く帰ってくんねえかな。
「セネス・グレゴリウス。中央神殿に来い。協力要請だ」
「お断りします」
世間話のように切り出されたからって断らないと思ったか。
「ふむ……」
要請ということは、これは強制ではない。
それに、俺は曲がりなりにも女神の使徒だ。女神の意思を遂行するものに何かを強制できる人間はいない。特に、教会関係者においては。
「話も聞かずに断るのだな?」
「イグニス枢機卿から直接声をかけてもらえるのはとても光栄なのですが、私にもやることがありまして」
話を聞くだけでも危ない。こういうのは知らないまま距離を置くのが正しい。
「ふむ。そうか。では入ってこい」
イグニスが指を鳴らすと、部屋の中にいた聖騎士が扉を開ける。
そして、部屋の外から連行されて来たローレンスとヒルデ。
「な」
一体どういうつもりだこのジジイ。




