11
聖騎士がやってきた日の夜。
「んー神聖力はないか」
俺は今、ヒルデの額に手を当てて器鳴らしという儀式を行っていた。
これは神聖力を貯める器があるかどうか、あるとしてその器がどれほど大きいのかを測る儀式である。
ヒルデは何もわからないのか、ニコニコと笑っているだけだ。
「神父様の手つめたいー」
「そういえばヒルデ。今何歳だかわかるか?」
「私、えーと。1、2……5こ!」
「そっかあ。5歳かあ。ヒルデは数字を数えられて偉いなあ」
「えへへ」
頭を撫でてやると、花開くような笑顔を見せるヒルデ。
ああ、浄化される。
それはそうと、聖騎士との間で問題が起きた以上、ヒルデを今まで通り生活させるわけにはいかない。
「うーん。どうすっかな。とりあえず勉強させておくか」
「勉強ですか?」
ローレンスが洗濯物を入れた籠を持ちながら聞いてきた。
「ああ。とりあえず当面の安全が確保されるまでは匿おうと思っててさ」
「そうですか。わかりました」
やけに物分かりがいいな。
「やけに物分かりがいいな」
やべ、声に出てた。
「いえ、女神の使徒であるセネス様が決めたことなので、私はそれについていくだけです」
「悪いな。聖騎士との問題にも巻き込んじゃって」
「私は構いません。確かに私にとって聖騎士は天上の方ではありますが、私にとって大事なのは女神様への信仰と、セネス様の手助けをすることですから」
こいつ、本当に善人だな。なんでこんな奴が辺境の小さな教会にいるのか不思議でならん。
「なら早速悪いんだけど、時間がある時でいいからヒルデに文字を教えてやってくれないか?」
「え?」
「まあ嫌なら俺が教えるからいいけど」
「──とんでもございません。私が責任をもって、ヒルデを立派な書家へと導きましょう」
「そこまでしろって言ってないんだけど……ていうか、本当にいいのか? 今も雑務とかしてもらってるし、忙しいんじゃないの?」
「いえ。私はセネス様のように神聖力がたくさん扱える訳でもなく、セネス様のように人を導く説法ができるわけでもありません」
「う、うん?」
「私はずっと不甲斐ない思いを抱いてきました。私はセネス様を補佐する助祭として力不足なのではないかと」
確かにめちゃくちゃ有能かと言われるとそうではない。
だが。
「ローレンスはよくやってると思うけどな」
「そう仰っていただけるのは嬉しく思います。ですが、私はセネス様の期待に応えたいのです。そして、このような形で頼っていただけるのを嬉しく思っています」
赤面しながら頬を掻くローレンス。
これ、なんか始まったりしないよな。
「そ、そう? じゃあよろしくね。あ、あとヒルデにはできる雑用を任せてやってくれ。その代わりに食事や、余ってる布で服や寝具を用意して」
「はい! かしこまりました。セネス様の仰せのままに」
ふう。
これで、とりあえずは一旦解決か。
————————————————
祈りの時間になったため、俺は礼拝堂で手を合わせる。
(神聖力、神聖力、神聖力!)
女神の聖印を通して、器に力が注ぎ込まれる。
「あれ? 意外と貰えたな……」
神術を使ったせいで全体の4割ほどまで落ち込んでいた神聖力が、7割くらいまで回復した。
「そういえば今日はローレンスにヒルデのことを頼ったっけか。あれなのかな? いや、でも別に俺がやってもよかったしな」
なんとなく、ローレンスに小さな助手ができるのは目の保養にいいと思って提案した。
ヒルデ自身もローレンスに懐いてるようだったし、ローレンスも孤児に対する偏見は強くなさそうだったから。
だが、頼ったかと言われると違う気がする。
「そうなると、聖騎士の件か?」
今思い返してもヒヤヒヤするが、聖騎士に向けて俺は神術を放った。
あれが評価された可能性もある。
なぜなら、俺は信じていたからだ。
聖騎士が死ぬことはないと。
「なるほど。腑に落ちるな。聖騎士の強さを信じたから、神聖力がこんなに増えたんだな?」
ちょっとずつ仕組みがわかってきた。やはり俺はやればできる子だ。
神聖力の問題さえ片付ければ、日々悩みに追われることもなくなる。
薔薇色の人生が待っている。
「見てろよ女神。俺は俺のやり方で、神聖力をもぎ取ってやるからな!」
——————————————————
首都近郊、正神協会にある中央神殿にて。
「ただいま戻りました」
「ご苦労だった。して、噂の女神の使徒はどこにいる?」
報告に来たリリィに対し、枢機卿イグニスが問いかける。
「今回はお連れすることができませんでした」
「なんだと? それは一体どうして?」
「私が彼を怒らせてしまったからです。そんなつもりはなかったのですが、神術で攻撃までされてしまって」
リリィは肩口で切り揃えられた黒髪に手をやる。
「はぁ。人選を間違えたか? あれだけ言っただろう。できるだけ柔軟に行動するようにと」
「ですが、まさかあれほど激怒されるとは」
「一体何をしたというのかね?」
「それが私たちは特に何もしていないのです。したことといえば挨拶の途中に寄ってきた孤児を拘束したくらいで」
「孤児?」
「はい。許可なく部下の鎧に触れたので制圧を指示しました」
イグニスは目を丸くした。
「それで、セネス・グレゴリウスは激怒したと?」
「はい。彼の身内なのでしょうか? そうは見えませんでしたが。孤児の拘束は命の優先度を考えて一旦取りやめました」
「ふむ……だが、それならすぐに誤解は解けたのではないか?」
「それが、怒りが収まらなかったようで、神術を撃ってきました」
イグニスは考える。
最初から神官として教育を受けていたとして、神父ならば扱える神術は光の矢くらいだろうかと。
「お前たちが逃げ帰るほどか?」
イグニスの疑問に、リリィはムッと不満を露わにする。
「逃げたわけではありません。それに、私もただの光の矢程度であれば気にもしませんでした」
「別の神術を使ってきたのか?」
イグニスは驚く。
セネス・グレゴリウスは神父にしては珍しく学習意欲が高いらしい。一般神術の中でも神官で攻撃神術を学ぶのは珍しい。
と言うと、光の牢、光の剣あたりだろうか。
「はい。光の矢を、左手で生み出した神聖の弓によって撃ち出してきたのです」
「あ、あ? なんだって?」
「ですから、右手で光の矢を基礎通りに生み出し、そのまま撃つと思ったら、左手で矢を引く弓を創造し、それによって矢を撃ち込んできたのです。流石に血の気が引きました」
二人の間に沈黙が落ちる。
「く」
「?」
「く、くははははは! 面白い。女神の使徒だというからどんな堅物かと思いきや、なんだ? 面白い男じゃないかセネス・グレゴリウス。流石はあの偏屈男の弟子というべきか。お前もそう思うだろ?」
「ヨハネス・グレゴリウス様を偏屈だなんて思ったことありませんが」
「お前は丸くなってからしか知らんからな。それにしても面白い。まさか一般神術である光の矢に手を加えるとは。女神の怒りに触れるぞ」
「ですが彼はその女神様の使徒です」
「く、くく。そうだな。だから面白い。して、ただ逃げ帰ってきたわけでもあるまい? 何か言伝は?」
「用があるならお前が来い、ハゲちょびん、だそうです」
「ぶあっはっはっはっは!!」
イグニスの笑い声が部屋にこだまする。
リリィは無表情のままため息混じりにイグニスを見る。
「どうされるのですか? イグニス様」
「こうしちゃおられん。中央神殿を離れる手続きを。顔を見に行きたくなった」
「承知しました。ですがあまり無理をなされませんよう。もうお年なのですから」




