14
真っ白な神殿に、俺は膝をついていた。
「無様だったわねぇ。随分と」
目の前には女神がいた。ニヤニヤと底意地の悪そうな顔で頬杖をついている。
「あれ……? 別に祈りの時間じゃないんですけど」
「あなたの意識が薄まれば呼べるのよ。今は寝ているでしょ?」
寝てる時に呼び出すとかどういう神経してんだ。
「はあ……それで? 一体なんの用ですか? 少し仮眠を取ったら出発しないといけないんですけど」
このあと、イグニスと共に中央神殿に向かう手筈になってる。
これからどれだけの心労がかかるのかわからない。頼れる酒は飲めないし、俺は体力と精神力を回復せねばならんのだ。
「本当に憎たらしいやつね」
「用がないなら帰してくれます? それとも小馬鹿にするためだけに呼んだんですか? はは。随分高尚な趣味をお持ちで」
「神聖力あげようと思ってたんだけどいらないか」
「──ほしいです。ください」
女神は頬杖をついたまま溜息を吐く。
「全く。現金なんだから」
「生きてくためには金は必要ですよ。それに繋がる神聖力もね」
「はいはい。じゃ、渡すわよー」
「はーい。ありがとー女神さまー」
女神の杖から生まれた光が、ふわふわと漂いながら俺の中に溶け込んでいく。
「……」
「どうしたの? 思ったより多くて驚いた?」
驚いたなんてもんじゃない。びっくりして固まってる。
神聖力の器が完全に満たされている。
なんだか久しぶりだ。器が満たされ、体の内から溢れる力によって全能感を得る感覚は。
「あのー。質問いいですか?」
「なに?」
「どうしてこんなに神聖力を貰えるんです? もしかして前回渡し忘れた分とか?」
「違うわ。正当な結果よ。信心に基づいて善行を成した結果」
善行ねえ。
「はあ。もういいや」
「何よ。気にならないの? どうせわかってないでしょ?」
「そもそも聞いたら全部教えてくれるんですか? 優しい女神様」
「そうね。あんたの態度次第かしら」
「けっ。吐き気がする」
俺は出ない唾をぺっぺと吐き捨てる。
「汚いわね……やめなさいよ」
「やめさせたいならさっさと帰せばいいでしょ? というか、こんなに頻繁に呼ばないでくださいよ。もしかして話し相手でも欲しいんですか?」
「はあ? そんなわけないでしょ。今日呼んだのは馬鹿なあんたをこのまま見ていても、いつまでも理解できそうにないからよ」
「理解? 何を?」
この女神はいったい俺に何を求めてるんだ。
そもそも、俺は俺だ。このままでいい。何も変わる必要なんてない。
「やっぱり大馬鹿ものね」
「罵倒するだけなら帰してくれねえかな……」
むかつく。なんか今日はイライラして仕方がない。
「一つ聞かせて欲しいんだけど、どうしてあの二人を助けたの?」
女神は鋭い視線を向けてくる。
「あの二人って、ローレンスとヒルデのことですか?」
「……」
沈黙は肯定ってことでいいのか。
「そもそも助けたつもりはありません。言ったでしょ? 俺は誰も信じないって」
「ならどうして? あんなだっさい土下座までして、プライドを投げうってまで提案を受けたの?」
あーくそ。掘り返すなよ。ただでさえイグニスに丸め込まれていい気分じゃないってのに。
「知るかよ馬鹿女神。そもそもなんで俺があんたの質問に答えてやんないといけない? あんたは女神なんだろ? 全知全能なんだろ? だったら、俺にわざわざ聞く必要ないだろ」
それとも女神ってのは嘘なのか?
「そうね。聞く必要はない。けど、聞く意味はある」
むかつく言い回ししやがって。
「はあ。それに答えたら帰してくれるんですか?」
「ええ。すぐにでもね」
人を軟禁するとか、やっぱ邪神なんじゃねえのか。
それはそうと理由か。
「まあ、ローレンスは真面目だし割と使える助祭なんでね。助けといて損はないでしょ。ヒルデは……」
あの子は。
なんだろう。孤児で、頼れる人がいなくて、それで。
「──あの子はあんたの過去そのものだものね。見捨てるわけにはいかないわよね」
は?
「……そういうやり方、嫌われますよ」
「あら? あんたがはっきりと言わないから私が言葉にしてあげたんでしょ? 慈悲深い女神様に感謝しなさいよ」
「俺がもともと孤児なのは確かだが、別にあの子を助けたのはそんな理由じゃねえっ……」
「じゃあどんな理由だって言うのよ。はぁ。本当に頭の硬い人間ね」
俺を怒らせたいのか。そんなに俺のことが嫌いかよ。クソ女神。
「……頭突きしていいですか?」
「なんで?」
「本当に頭が硬いか試してみましょうよ」
ちくしょう。好き勝手言いやがって。お前に何がわかるっていうんだよ。
ヒルデに自分を重ねてるだと?
そんなわけがあるか。俺は知ってる。願ったって誰も助けてくれないことは。
だから自分の力で生きてきたんだ。死にかけて、裏切られて、泥を啜ってもがいてきたんだ。
俺はそれを少しも後悔なんてしてない。
あの子と俺は違うんだ。なのに、なんでヒルデのことでごちゃごちゃ言ってくんだよ。
「はあ……もういいわ。今日はここまで。あんたと話してると苛々してくるわ」
「はっ。あんまり怒ると小皺が増えますよ?」
「帰れ」
足元に黒い穴が開く。
「またこれかよぉぉぉお!!」
落ちていく俺の耳に、聞き分けのわるい子供を諭すような声が聞こえた。
『どれだけ複雑な迷路でも必ず出口はあるものよ。だから歩き続けなさい。セネス・グレゴリウス』
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「う、うん?」
「起きたか? そろそろ出発するぞ」
「ぎゃぁぁあ!!」
目覚めたら目の前に悪魔が、悪魔の顔が。
やばい。心臓が口から飛び出るかと思った。
「儂をなんだと思っとるんだ。それより、随分と長く寝入っていたな。女神から啓示でも受けたか?」
「そんなところです……ていうか、寝起きにその顔はやめてください。本当に……」
「失礼なやつだな。眠りこけてたから起こしにきただけであろうに」
あんたの顔怖いんだよ。ある意味目が覚めたからよかったが。
「セネスさまっ……?」
「ヒルデ。どうした?」
扉の影から少女が見ている。
女神に変なことを言われたからだろうか。ヒルデを見ると胸がざわつく。
「あのね……セネスさまが遠くに行っちゃうってきいたの」
潤んだ目で指先をもじもじ突き合わせるヒルデに、俺は苦笑する。
「大丈夫だ。必ず帰ってくる。約束しただろ?」
「え?」
「ピクニックに行くって。帰ってきたらローレンスも連れて一緒に行こう。きっと楽しいぞ」
「う、うん! ……う、うううわぁぁあん」
泣き出したヒルデ。部屋の外から慌てて走ってきたローレンスがすぐに少女に寄り添う。
「こら、ヒルデ。セネス様、申し訳ありません。忙しい時に」
ローレンスがヒルデの背中をポンポンと叩きながらあやす。
「ローレンス」
「はい。セネス様」
……。
呼んだはいいが何を言おうか。
「あ、あの? セネス様?」
「いや、うん。教会を頼んだ。嫌なやつがきたら、遠慮なく追い返していい。俺が責任を取るから」
「はい……セネス様。どうかっ……どうかっ……無事のお帰りをお待ちしていますっ」
ヒルデだけかと思ったが、ボロボロと涙を流すローレンス。そういえば、まだ大人とも言えない年齢か。
出会ってまだそんなに経ってないのに、この二人とは長いこと一緒にいた気がするから不思議だ。
ローレンスの頭をぐしゃっと撫でて、俺はイグニスの方を振り返る。
「胸は痛みますか?」
「まあ、少しはな」
「なら、今からでも取りやめってことには……?」
「ならん。行くぞセネス・グレゴリウス」
ちっ。情に訴えても無駄か。
このクソジジイ。あの時のことは忘れてねえぞ。借りは必ず返す。
こんな悪人面のジジイが裏で汚職してねえはずがねえんだ。絶対に弱味を握って、俺の前で吠え面かかせてやる。
俺を丸め込んだ気になってるならせいぜい油断しとけ。俺にはまだ奥の手が残ってんだ!
ローレンスとヒルデ。そして、これまで関わってきた村人たちにも別れの挨拶をする。
こうして俺は神父として過ごしていた村を出て、中央神殿に向かうのであった。




