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信仰心ゼロの神父が聖人と呼ばれるまで  作者: 新田青


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 真っ白な神殿に、俺は膝をついていた。


「無様だったわねぇ。随分と」


 目の前には女神がいた。ニヤニヤと底意地の悪そうな顔で頬杖をついている。


「あれ……? 別に祈りの時間じゃないんですけど」


「あなたの意識が薄まれば呼べるのよ。今は寝ているでしょ?」


 寝てる時に呼び出すとかどういう神経してんだ。


「はあ……それで? 一体なんの用ですか? 少し仮眠を取ったら出発しないといけないんですけど」


 このあと、イグニスと共に中央神殿に向かう手筈になってる。


 これからどれだけの心労がかかるのかわからない。頼れる酒は飲めないし、俺は体力と精神力を回復せねばならんのだ。


「本当に憎たらしいやつね」


「用がないなら帰してくれます? それとも小馬鹿にするためだけに呼んだんですか? はは。随分高尚な趣味をお持ちで」


「神聖力あげようと思ってたんだけどいらないか」


「──ほしいです。ください」


 女神は頬杖をついたまま溜息を吐く。


「全く。現金なんだから」


「生きてくためには金は必要ですよ。それに繋がる神聖力もね」


「はいはい。じゃ、渡すわよー」


「はーい。ありがとー女神さまー」


 女神の杖から生まれた光が、ふわふわと漂いながら俺の中に溶け込んでいく。


「……」


「どうしたの? 思ったより多くて驚いた?」


 驚いたなんてもんじゃない。びっくりして固まってる。


 神聖力の器が完全に満たされている。


 なんだか久しぶりだ。器が満たされ、体の内から溢れる力によって全能感を得る感覚は。


「あのー。質問いいですか?」


「なに?」


「どうしてこんなに神聖力を貰えるんです? もしかして前回渡し忘れた分とか?」


「違うわ。正当な結果よ。信心に基づいて善行を成した結果」


 善行ねえ。


「はあ。もういいや」


「何よ。気にならないの? どうせわかってないでしょ?」


「そもそも聞いたら全部教えてくれるんですか? 優しい女神様」


「そうね。あんたの態度次第かしら」


「けっ。吐き気がする」


 俺は出ない唾をぺっぺと吐き捨てる。


「汚いわね……やめなさいよ」


「やめさせたいならさっさと帰せばいいでしょ? というか、こんなに頻繁に呼ばないでくださいよ。もしかして話し相手でも欲しいんですか?」


「はあ? そんなわけないでしょ。今日呼んだのは馬鹿なあんたをこのまま見ていても、いつまでも理解できそうにないからよ」


「理解? 何を?」


 この女神はいったい俺に何を求めてるんだ。


 そもそも、俺は俺だ。このままでいい。何も変わる必要なんてない。


「やっぱり大馬鹿ものね」


「罵倒するだけなら帰してくれねえかな……」


 むかつく。なんか今日はイライラして仕方がない。


「一つ聞かせて欲しいんだけど、どうしてあの二人を助けたの?」


 女神は鋭い視線を向けてくる。


「あの二人って、ローレンスとヒルデのことですか?」


「……」


 沈黙は肯定ってことでいいのか。


「そもそも助けたつもりはありません。言ったでしょ? 俺は誰も信じないって」


「ならどうして? あんなだっさい土下座までして、プライドを投げうってまで提案を受けたの?」


 あーくそ。掘り返すなよ。ただでさえイグニスに丸め込まれていい気分じゃないってのに。


「知るかよ馬鹿女神。そもそもなんで俺があんたの質問に答えてやんないといけない? あんたは女神なんだろ? 全知全能なんだろ? だったら、俺にわざわざ聞く必要ないだろ」


 それとも女神ってのは嘘なのか?


「そうね。聞く必要はない。けど、聞く意味はある」


 むかつく言い回ししやがって。


「はあ。それに答えたら帰してくれるんですか?」


「ええ。すぐにでもね」


 人を軟禁するとか、やっぱ邪神なんじゃねえのか。


 それはそうと理由か。


「まあ、ローレンスは真面目だし割と使える助祭なんでね。助けといて損はないでしょ。ヒルデは……」


 あの子は。


 なんだろう。孤児で、頼れる人がいなくて、それで。


「──あの子はあんたの過去そのものだものね。見捨てるわけにはいかないわよね」


 は?


「……そういうやり方、嫌われますよ」


「あら? あんたがはっきりと言わないから私が言葉にしてあげたんでしょ? 慈悲深い女神様に感謝しなさいよ」


「俺がもともと孤児なのは確かだが、別にあの子を助けたのはそんな理由じゃねえっ……」


「じゃあどんな理由だって言うのよ。はぁ。本当に頭の硬い人間ね」


 俺を怒らせたいのか。そんなに俺のことが嫌いかよ。クソ女神。


「……頭突きしていいですか?」


「なんで?」


「本当に頭が硬いか試してみましょうよ」


 ちくしょう。好き勝手言いやがって。お前に何がわかるっていうんだよ。


 ヒルデに自分を重ねてるだと?


 そんなわけがあるか。俺は知ってる。願ったって誰も助けてくれないことは。


 だから自分の力で生きてきたんだ。死にかけて、裏切られて、泥を啜ってもがいてきたんだ。


 俺はそれを少しも後悔なんてしてない。


 あの子と俺は違うんだ。なのに、なんでヒルデのことでごちゃごちゃ言ってくんだよ。


「はあ……もういいわ。今日はここまで。あんたと話してると苛々してくるわ」


「はっ。あんまり怒ると小皺が増えますよ?」


「帰れ」


 足元に黒い穴が開く。


「またこれかよぉぉぉお!!」


 落ちていく俺の耳に、聞き分けのわるい子供を諭すような声が聞こえた。


『どれだけ複雑な迷路でも必ず出口はあるものよ。だから歩き続けなさい。セネス・グレゴリウス』




 ————————————

 


「う、うん?」


「起きたか? そろそろ出発するぞ」


「ぎゃぁぁあ!!」


 目覚めたら目の前に悪魔が、悪魔の顔が。


 やばい。心臓が口から飛び出るかと思った。


「儂をなんだと思っとるんだ。それより、随分と長く寝入っていたな。女神から啓示でも受けたか?」


「そんなところです……ていうか、寝起きにその顔はやめてください。本当に……」


「失礼なやつだな。眠りこけてたから起こしにきただけであろうに」


 あんたの顔怖いんだよ。ある意味目が覚めたからよかったが。


「セネスさまっ……?」


「ヒルデ。どうした?」


 扉の影から少女が見ている。


 女神に変なことを言われたからだろうか。ヒルデを見ると胸がざわつく。


「あのね……セネスさまが遠くに行っちゃうってきいたの」


 潤んだ目で指先をもじもじ突き合わせるヒルデに、俺は苦笑する。


「大丈夫だ。必ず帰ってくる。約束しただろ?」


「え?」


「ピクニックに行くって。帰ってきたらローレンスも連れて一緒に行こう。きっと楽しいぞ」


「う、うん! ……う、うううわぁぁあん」


 泣き出したヒルデ。部屋の外から慌てて走ってきたローレンスがすぐに少女に寄り添う。


「こら、ヒルデ。セネス様、申し訳ありません。忙しい時に」


 ローレンスがヒルデの背中をポンポンと叩きながらあやす。


「ローレンス」


「はい。セネス様」


 ……。


 呼んだはいいが何を言おうか。


「あ、あの? セネス様?」


「いや、うん。教会を頼んだ。嫌なやつがきたら、遠慮なく追い返していい。俺が責任を取るから」


「はい……セネス様。どうかっ……どうかっ……無事のお帰りをお待ちしていますっ」


 ヒルデだけかと思ったが、ボロボロと涙を流すローレンス。そういえば、まだ大人とも言えない年齢か。


 出会ってまだそんなに経ってないのに、この二人とは長いこと一緒にいた気がするから不思議だ。


 ローレンスの頭をぐしゃっと撫でて、俺はイグニスの方を振り返る。


「胸は痛みますか?」


「まあ、少しはな」


「なら、今からでも取りやめってことには……?」


「ならん。行くぞセネス・グレゴリウス」


 ちっ。情に訴えても無駄か。


 このクソジジイ。あの時のことは忘れてねえぞ。借りは必ず返す。


 こんな悪人面のジジイが裏で汚職してねえはずがねえんだ。絶対に弱味を握って、俺の前で吠え面かかせてやる。


 俺を丸め込んだ気になってるならせいぜい油断しとけ。俺にはまだ奥の手が残ってんだ!


 ローレンスとヒルデ。そして、これまで関わってきた村人たちにも別れの挨拶をする。


 こうして俺は神父として過ごしていた村を出て、中央神殿に向かうのであった。












 

 

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