第16話_日ノ丸食堂
「おい、入んねぇのか?」
「ちょっと待って深呼吸させて、てゆうより今服とか凄く汚れてるし、いいのかな……?」
騎士団の建物から帰路に就いた至恩たちは、途中にある日ノ丸食堂の前に居た。
アーデルから散々甘い食べ物の話を聞かされていた礼志はもう我慢の限界だったらしく、『糖分を……糖分を……』と呟き店へ吸い込まれるように入ろうとしていたところを、至恩が静止させて今の状況が成り立っている。
「アホくさ、先に入ってるぞ」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
特に珍しくもない定食屋に入店するのになぜか緊張している至恩を置き去りにしていく礼志を追いかける形で至恩も入店を果たした。
「いらっしゃいませ!」
親しみやすい明るさで迎えてくれた人は、今朝の微笑みが素晴らしい女店主だった。
「何名様ですか?」
「2名です!」
「わっ、元気のいい方ですね。ふふっ、こちらにどうぞ」
「ありがとうございます!」
「………………」
そんな至恩を一瞬何とも言えない顔でみていた礼志は何も言わず案内された席に着いた。
「こちらメニューになりま————」
「チョコレートケーキとチョコレートパフェ」
メニューを渡そうとした手を静止させるはっきりとした声音答えた。
よっぽど早く食べたいんだろうなと至恩は流し目を送った。
「……僕はオムライスをお願いします。すいません。なんか……」
「いえ、ご注文承りました。少々お待ちくださいね」
礼志の急な豹変といえる勢いに驚いた様子だったがすぐに切り替えて営業スマイルをした女店主に『すごいなぁ』と至恩は尊敬の視線を送った。
彼女が立ち去った後、至恩は渡されたお冷を煽りながら目くじらを立てた。
「ちょっとレイ、今のは失礼だよ!」
「うるせえよ。食いたいものは決まってたんだ。メニューなんていらねぇんだよ」
反省の色を微塵も見せない礼志に頬を膨らませる。『どんだけ、食べたかったんだよ』と呆れた。
「ま、いいや。ところで『鬼人化』に成功できたのは、やっぱりレイのお陰だよ。ありがとね」
「そこは、本当に感謝しろよ。昔のよしみとはいえ命まで掛けてやったんだ。マジで感謝しろ」
「うん。ありがとう、ちゃんと感謝してるよ。出来なかったらきっとあのアーデル団長に殺されてたと思うし、この店にも来られなかった」
「あー、早くケーキとパフェ来ねぇかなぁ。待ち切れねぇよ」
きゅるるると腹を鳴らして手ぶるに突っ伏すした礼志をみて表情を綻ばせながら、ふと思いついたことを聞いた。
「そうだ。時間つぶしに、騎士団のやってることを聞きたいな。僕も団員になったわけだし」
「あっ、『騎士団』って言葉は安易に使うな。機密組織になってんだ」
機密? と首を傾げた。
地下街は膨大なドーム型の地下空間を元に成り立っている。この『日ノ丸食堂』はちょうど真ん中のメインストリートに位置しており、当然人通りが多い。商売には打って付けの立地だ。
地上とは比較にならない文明の低さが昔の日本を想起させる街並みだ。
治安を守る警備隊も存在し、何とか人が住む町として機能出来ているようだ。
では騎士団とは何をする組織なのか。必要性が何処にあるのか。
「それは、この街の東と西にさらに下に続く大きな穴が存在するからだ」
礼志は教えた。月に一度2つの穴からこの街の脅威が現れる。それの撃滅が最重要任務であること。
「大きな穴? 脅威? なにそれジョーク?」
「先月は37人居た団員が20人になるまで犠牲者が出た。数十年に1度の災害級の脅威が出やがったんだ。ジョークにしちゃ笑えねぇ穴だろ?」
騎士団はそれゆえに街の守り人が務める組織だと地下住人たちに認識されている。
しかし、決して騎士団に所属していることは話してはいけない。顔も身元も分からない何かが自分たちを守ってくれているからこその人々はただありがたいと思って暮らしていけるのだ。
「……それで何で、騎士団員って秘密なの? なんかすごく感謝されてもいいことやっている風に聞こえるけど」
「これはアーデルの野郎からの受け売りだけどよ、他者が己を盾として守ってくれていると知ってしまった場合、きっと少なくない地下住人が自分も一緒に戦おうとすると予測されるんだとよ。だから秘密っていいやがったんだ」
騎士団に入団しているもののほとんどが人外の力を秘めており、それでも犠牲者は毎月出る現実を前に『勇敢なる自己犠牲』は死者を増やすだけだ。
だから、団員は決して正体を明かしてはならない。
「な、なんで17人も死んだの? レイみたいにすごい力を持った人たちだったんだろう?」
「強ぇ力を持つ怪物は人に近い姿なんだそうだ。で、先月のあれは人語を話やがったよ『存外楽しめた。今度は喰う』って言われたぜ」
ごくっと生唾を呑み込んだ音が鳴った。
「次は3週間後だ。体鍛えておけよ至恩。死にたくなかったらな」
礼志の戦闘能力は人間の常識からは計り知れないものがあった。至恩は圧倒的な力に守られた。その礼志のような者たちが17人殺されたというのは聞いただけでは理解できない話だ。
「何で逃げないの……?」
最大の疑問が至恩の口から呟かれた。
「あ?」
「だって、レイみたいな人が17人、一度に死んだんだろうっ? 次に同じようなのが現れたら今度は全滅するかもしれないじゃないか! どうして立ち向かうんだよ⁉ 命が惜しくないの?」
「逃げられねぇから戦ってんだよ。騎士団員には俺も含めて自己犠牲を語る奴なんていねぇよ。ただ、戦わねぇといけない状況を作られてんだ。王様にな」
「王様? この街には王様なんて居るの⁉」
「この街にはいない。居るのは貴族街なんだとよ。俺も見たことねぇけどよ」
この街は城下町みたいなものらしい。貴族のみが住める土地がメインストリートを真っ直ぐ進んで突き当たった岩壁の奥にあるらしい。そして、反対側の壁から至恩はやってきた。
おそらく地上に繋がる唯一の道だ。
「この街は貴族街で迫害された奴が、送られてくるんだとよ。塞ぐことの出来ない穴から現れる怪物から自分たちを守る『肉壁』としてな」
差し詰め、地下の住人は貴族様たちを脅威から守るための肉壁としてドーム型のこの地に流された、そして時が経ちこの街が生まれた。だから希望の(プ)無い(レ)街と名付けられている。
「王様から直々に何か言われるわけじゃねぇらしいが、貴族街からは極少数、特別な才能や能力、加護を持つ奴が追放されてくるらしい。……そういう奴は気づく、この街には自分を守れる存在なんていない。身を守りたけりゃ自分で戦うしかねぇってな」
「……なるほど。確かに王様から逃げられない状況を作られていると言えなくもないね。それにしても、才能はともかく、能力? 加護? そんなものあるの?」
「ああ色々いるぜ。お前も騎士団に入ったんだ。いずれ嫌でも会うだろうよ」
「……ふぅん。それにしても……迫害ねぇ」
賑わう店内を見渡しながら思う。盃を打ち合い大声で笑う髭面の中年たちや、酒で陽気に頬を染め口説こうとしている青年とまんざらでもなさそうに照れて両頬を抑える女性客に、一人静に食事を取っている人もちらほら伺えた。
「何をしたんだろうね。犯罪かな?」
「いや、あいつらはきっと何もしてねぇよ。迫害されたのは先祖たちなんだろうよ。何やったかは知らねぇけどな」
「そっか……」
「オムライスお待ちどうさま!」
込み合う店内を猫のように縫ってきて料理を届けてくれた女店主の大きな声が感傷的になった至恩を少し驚かせた。
「どうしました? 浮かない顔していますが……大丈夫です! これを食べれば元気が出ますよ!」
あまりのテンションの違いに差し出されたスプーンを受け取るのに数瞬時間を有したが、しっかり受け取り、厚い卵で作られたオムライスを口に放り込んだ。
「あ、あー、ありがとうございます。……はぐはぐ、うわーおいしい!」
至恩の表情の変わりようを嬉しそうに見つめ胸を張った。
「そうでしょう! この店自慢のメニューだからね。君お目が高いよ。あっ、ほらチョコレートケーキとチョコレートパフェだよ」
「どうも………うまっ!」
無表情で受け取った礼志も一口食べれば眼を輝かせていた。
「ふふっ、君たち星丘学園の学生さんだろう? まだまだ成長期なんだし沢山食べて行ってね。でも、君はそういうものばかりじゃなくてちゃんとしたご飯を食べるんだよ。まぁ、うちはケーキもパフェも自慢だけどさ!」
バクバクと夢中で食べ進める礼志に彼女は女店主らしいことを言った。
「そうだよレイ、このオムライスすっごくおいしいし、デザートなら食後に頼めばよかったじゃん。もったいない」
「もったいない? 何言ってんだ最高だぜ。よし次はイチゴのショートケーキとイチゴパフェをよろしく」
あっという間に間食し甘味の追加注文のをした礼志に2人はあっけにとられたが、女店主は食べっぷりが気に入ったのか営業スマイルではない笑みを作った。
「了解! ちょっと待っていてねー」
と注文を厨房に届けに行った。
「パフェまでこの速度で食べるのか……頭痛くなんない?」
「ならん‼」
しばらく食事を楽しんだ後、日ノ丸食堂を後にした。
ちなみに礼志は至恩が一般的普通の食事速度でオムライスとデザートのバニラアイスを食べ終わるまであの速度で追加注文をしまくってた。当然、全て甘味である。
「気持ち悪くならない?」
「あ? 何でだよ。ここ最近で一番気分がいいぜ今!」
糖酔とは無縁の礼志だった。




